聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

2016年04月02日

「世界」の体験プラザ フランクフルト郊外で開業する内科医(1)

ドイツ 開業医.PNG


「世界」の体験プラザ フランクフルト郊外で開業する内科医(1)

ドイツSGIザビーネ・ゲアラッハ・リューデケさん

一人一人の患者にを込めて

「素晴らしい平和運動があるのよ」22歳の医学生、ザビーネ・ゲアラッハ
・リューデケさんは友人から声を掛けられた。平和運動には自分も熱心に
関わっていた。反原発、反戦などの平和デモに参加するなど、
「世の中を良くしたい」との思いが強かった。

翌年、誘われて初めて出席した会合が、ドイツのSGI(創価学会
インタナショナル)の”平和総会”。深く心を打たれた。
「今でも思い出すと、泣きそうになるくらい、素晴らしい集いでした」
と言う。家族のような暖かな出迎えと会場の雰囲気。

とりわけ、苦難と戦う重い内容にもかかわらず、明るく希望に満ちていた
体験発表が、心に響いた。友人には内緒で、経本、数珠を求め、一人で
勤行を覚えた。

「まず自分で、しっかりやってみて、”私、やる”と、友人に言える確信を
つかみたかったのです」なぜ、仏法との出会いが、そんなに鮮烈だったのか。
一番の理由は彼女の生い立ちにあった。

なぜ、仏法との出会いが、そんなに鮮烈だったのか。一番の理由は彼女の
生い立ちにあった。「自分は望まれて生まれた子ではない」という意識が、
心に染み付いていた。すでに関係が冷え切っていた両親の間に生まれた
ことが、後で分かった。

やがて両親は離婚。姉は父の方に、5歳の自分は母のもとに。
生活のため、夜もレストランで働く母の帰りを、一人我が家でじっと
待った。でも、厳しい母の態度に「母に愛されていない」とも思いこんだ。

学校ではおとなしいいい子。その心は暗い寂しさでいっぱい。
”温かな家族”を感じることなく成長した。小学4年のある日、担任の
先生が励ましてくれた。

「ザビーネ、あなたは良い子なのですよ」。その言葉が、ずっと、希望の
光になった。母を説得し、自分を進学コースに進めるようにしてくれた
のも、その先生。運命を変えてくれた人だった。

  10年越しで夫が入会へ

今また、人生が変わる転機を、仏法に感じていた。2か月間、教義も知ら
ないまま祈りを重ねるうちに、心に長年、巣くっていた”暗さ”が晴れて
いった。

「それまでは、自分の価値を信じられますせんでした。大切な存在では
ない、と。それが自分にも大きな可能性と価値がある、と思えるように
なったのです」

「幸せになりたい。自分を変えなくては」と思う。「でも、幸せになる
ために、特別なことはいらないのでは。このままの自分でいいのでは」
とも思えた。

2か月後、その実感を友人に語ると、心から喜んでくれた。一緒に唱題。
「その時、自分の中の重い石が砕けたように感じました」
仏法を学び、最高に価値ある自分の存在を、法理の上から、納得できた。

信仰活動に真剣に取り組み、83年、ご本尊を受持した。そのころに結成
された白蓮グループの活動にも参加。たくさんの活動の目標に挑戦
しながら、人生上の目標に取り組み、実証を示していった。

「今まで、願ったことは全て実現したと言えます」と、ゲアラッハ・
リューデケさんは、断言する。アルバイトで生活をやりくりしながら、
医学部の学業を全うし、心臓病棟の医師としてスタートできた。

結婚し、子供も授かった。長い間、祈ってきた夫の入会も、
10年越しで実現した。一方、女性医師として、2人の幼子を抱えながらの
病院勤務は過酷だった。夜間や休日の勤務もある。

夫も飛行機のパーサーで、留守がち。そうした状況を打開するためにも、
独立開業を祈った。92年、フランクフルト郊外に診療所を開設すること
ができた。

当時、法的規制が厳しく、開業が難しい中でのこと。「これも信心の目標
として、勝ち取ったもので、功徳としか言いようのないことでした」

開業する内科医.PNG
ゲアラッハ・リューデケさんの診療所がはいった建物


パート 2次回に続く 聖教新聞より

 まとめ
「世界」の体験プラザ フランクフルト郊外で開業する内科医(1)
「世界」の体験プラザ フランクフルト郊外で開業する内科医(2)

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2016年04月03日

「世界」の体験プラザ フランクフルト郊外で開業する内科医(2)

ドイツ 開業医 1.PNG
支部のメンバーと。
(前列中央がゲアラッハ・リューデケさん)


「世界」の体験プラザ フランクフルト郊外で開業する内科医(2)

仏法で学んだ生命観で診療に全力

一家和楽の喜びかみしめ


33年目に入る医師生活で誤診によるトラブルが、一件もない、という。
「毎日、130人ほどの患者さんを診ます。人の命を助ける仕事。
失敗は許されないという緊張感が常にあります。

そのためにも、朝晩の勤行で、自分としっかり対峙することが大切なの
です。」もちろん、患者に直接、仏法対話をすることはないが、仏法で
学んだ生命観で、死に直面している患者を激励することがあるという。

「短い時間でも、心をこめて、深い関わりをつくることができているのは、
信心のおかげです」自分自身、病に苦しんだことも。開業して間もない
ころ、幻聴のようなひどい耳鳴りが。

夜、眠れない。診察に集中できない。それは、人の命を預かる医師に
とって、”致命的”なこと。「絶対に完治させる」との思いで克服した。
ひどい腎臓結石で4週間入院したこともある。

「一つの問題を解決するまで、題目をあげきることの大切さをあらためて
経験しました」自分の両親だけでなく、親族の中には離婚が多い。
その”宿命”を変えたかった。そのためにも”一家和楽”の家庭を願い、
夫の入会を祈ったのだった。

夫は欠かさず朝晩の勤行を実践している。うれしいことに、医大を卒業す
る長女が母の診療所で働いてくれることになった。
長男は営業マンとして活躍。「親として、子供の幸せ以上の願いは
あるでしょうか」と、家族を愛する喜びをかみしめる日々だ。

56歳。支部副婦人部長、そしてドイツSGIドクター・グループの
責任者の一人、

ゲアラッハ・リューデケさんは30余年の信仰を振り返って言う。
「信仰の何よりの功徳は”安心感”を得たこと。学会の中で、
”家族の温かさ”に包まれていることです。

仏法は私の身体も、心も、癒してくれたのです。
この仏法に出会えた奇跡に、心から感謝します!」

 おわり 聖教新聞より

 まとめ
「世界」の体験プラザ フランクフルト郊外で開業する内科医(1)
「世界」の体験プラザ フランクフルト郊外で開業する内科医(2)

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フランクフルト郊外で開業する内科医、掲載終えて思うこと

ゲアラッハ・リューデケさんは記事でも分かるように
ドイツSGIに巡り合って、素直に実践され、結果を出されています。
いや、それどころか入信する前から実践されています。

しかし、入会さえすれば、誰でもいい結果出せるのかといえば、
それは違います。入会しても、何もしなければ、入会依然と同じです。

教義を学び、指導を実践しなければ、結果は出ません。
一般の道理と同じように道理です。そこを知って欲しいです。

ゲアラッハ・リューデケさんは最後に
「この仏法に出会えた奇跡に、心から感謝します!」と。

この一連の記事を見ても分かるように彼女は心根が「すなお」
なんですね。物を教わるに「すなお」さは、とても 大事です。
屁理屈はこねず、素直に実践する人は伸びます。

記事は終わっても彼女たちの生活はドイツ、フランクフルト郊外で
現在も営まれています。幸あれ、と願いたい。

この記事は聖教新聞の掲載”体験談”を書きとったものです。
コピぺではありません。一般紙からパソコンにコピーなんて、
できませんから。

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2016年04月07日

2016年3月2日 13時前後、一期一会の出会い

新栄町交差点.PNG

2016年3月2日 13時前後、一期一会の出会い。
冬ではあるが温かい陽光であった。

ここは国道1号線、茅ヶ崎駅前交差点から
西へ一つ目の新栄町交差点、信号待ちでマンション
(ヒューニテイ茅ヶ崎)の花木に向かって、

後ろ向きで小柄な夫人が何か喋っている。
誰と話しているんだろ?

前向きの「抱っこひも」で抱っこされた幼児
に話しかけていた。

片手の手のひらに乗る位の小さなかわいい足
が横から見えていた。私が後ろからのぞき込むと
彼女が気づいた。にっこりした。

六か月くらいですか。五か月です。
当たらずとも遠からず、だ。

彼女は赤い一輪の花を見て、幼児に話しかけていたのだ。
信号が変わり、歩き出した。

同じ方向だ。どこまで行くのか、
聞いたら、市役所まで、と。

市役所は1、2分のところある、私はその先の
イオンまで行く予定だ。

同じ方向なので歩きながら、話した。
どこに住んでいるのか聞いたら、海水浴場
近くの共恵町だという。

ここまで歩いて15分位だろうと推測する。
(歩きで抱っこしてじゃ、ちょっと
きついな)

以前はこの近くに住んでいたそうだ。
そのほか2、3話して、市役所前まで来た。
彼女は丁寧にわかれの挨拶をしてくれた。

私はかわいい幼児の足にさわり、
頭をなでて、分かれた。


この出来事は記憶しているが、お互い再会しても、
私は彼女を認識できないと思う。

短い時間であったし、顔もよく見てないし、
住所も聞かなかったし、探すすべはない。


一期一会の出会い、私にはこの一期一会の
出会いがたくさんあります。

なぜなら、私は見知らぬ人に気安く
話しかけるし、そのまま分かれるから、、、!

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2016年04月09日

信仰体験 入学の曲、子宮頸がんに挑む母(1)

1子宮頸がん .PNG
創価大学の満開の桜が、試練に耐えた家族を
祝福するかのように咲き薫る(左から母・峰子さん、
愛華さん、叔母・良惠さん)


信仰体験 入学の曲、子宮頸がんに挑む母(1)  

私の闘う姿を見ていて!
三重県伊勢市


「お母さん、どうしたん!しっかりして!」2011年(平成23年)9月の
ある朝、目覚めた中山愛華さん=東京都八王子市、在住、女子学生部員
=は、母の姿を見て声を上げた。

母・峰子さん(39)=御園支部、副白ゆり長=がトイレで大量出血し、
その後、震えが止まらず、倒れこんだという。
すぐさま、救急車で搬送された。病院で輸血した後、精密検査のため、
愛知県がんセンター中央病院へ。

翌月、峰子さんに告げられた病名は「子宮頸がん」だった。
6センチ大の腫瘍があり、骨髄や大動脈など、全身に幾つも転移していた。
腫瘍マーカーは33・4ng/ml(通常値は1.5ng/ml以下)まで上昇し、
ステージ4の状態。

現実とは思えない診断に、峰子さんは言葉を失った。病室に戻り、
窓の外の景色を、ただ呆然と眺めた。目に映る風景のすべてが、
信じがたいほど色あせて見える。

真っ先に脳裏に浮かんだのは、一人娘で、中学二年の愛華さんの
ことだった。愛華さんが生まれて間もなく、峰子さんは夫と離婚。
それからは、父・和夫さん(故人)、母・良惠さん(57)=副白ゆり長、
弟・友己さん(34)=男子部員=に支えられながら、懸命に
わが子を育ててきた。

それがー。「私が死んだら、あの子はどうなってしまうの、、、」。
ベッドのそばにいた母を前に、泣きじゃくった。
母は、峰子さんの手を取り、確信を込めて語った。

「あんたは今、最悪の状態なんやから、ここから、最高の状態に変えて
いくのが信心だよ!娘にその姿を見せてあげなきゃ!」
どんな苦難のなかも、師弟の道を真っすぐに歩み、題目根本に乗り越え
てきた母の言葉に、生命を揺さぶられた。

”その通りだ。愛華に、この信心のすごさを伝えていくために、
私は病と闘うんだ”峰子さんは愛華さんに語り掛けた。
「お母さんは絶対に生き抜いて、池田先生に”勝ちました”って報告
するから。私の闘う姿を見ていてね!」

抗がん剤・放射線治療が施された。副作用は想像を絶した。
吐き気や、体中がうずくような痛みが峰子さんを襲う。
死を予感するような苦しみ。そんな中、懸命に題目を唱え、命に刻む
御聖訓を何度も思い起こした。

「深く信ずる者は満月の闇夜を照らすが如し」
(御書1501ページ)

 2回につづく、 聖教新聞より

 入学の曲、子宮頸がんに挑む母をまとめました。
信仰体験 入学の曲、子宮頸がんに挑む母(1)
信仰体験 入学の曲、子宮頸がんに挑む母(2)

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2016年04月10日

信仰体験 入学の曲、子宮頸がんに挑む母(2)

子宮頸がんを乗り越えて.PNG
創価大学の満開の桜が、試練に耐えた家族を
祝福するかのように咲き薫る(左から母・峰子さん、
愛華さん、叔母・良惠さん)


信仰体験 入学の曲、子宮頸がんに挑む母(2)
負けじ魂受け継ぐ娘

強く優しい人に成長するね」


”どんな苦難の闇も信心の光で照らしてみせる!”。
峰子さんは希望を捨てなかった。

 愛華さんは会うたびに痩せていく母に、掛ける言葉が見つからない。
「お母さんは元気になるから、大丈夫だよ」気丈に振る舞う母の姿に、
胸が締め付けられる思いがした。

 病院から自宅に帰ると、愛華さんはご本尊に向かい、母の回復を真剣に
祈った。”どうか、お母さんを助けて下さい……”。
あふれる涙をぬぐいながら、題目を唱え続けた。

 治療を重ねる中、腫瘍マーカーの値は、10月末に8・9、11月に2・3
と、下降していく。
翌12年1月、医師が検査結果を携えて、病室にやってきた。

「中山さん!原発巣の細胞が死滅しましたよ!」
祈り抜いてきた瞬間の訪れに、感謝と喜びが止めどなくあふれた。
すぐに、愛華さんに電話をかけた。「よかったね、本当によかったね
……」。お互い、それ以上は言葉にならなかった。

 それから間もなく退院。13年2月の検査では、転移していた全ての
がん細胞の消滅が確認された。

 愛華さんの目には、病と闘い抜いた母の姿が、とびきりまぶしく映っ
ていた。そして”池田先生の創られた創価大学で学びたい”
と思うようになる。

 15年6月、受験を決意して臨んだ模擬試験ではE判定。
一時は諦めそうになったが、病床の身で母が語ってくれた池田SGI
会長の言葉を思い起こす。

「「失望」を「希望」に!「落胆」を「勇気」に!
「諦め」を「執念」に!何があってもへこたれず前へ前へ突き
進んでいく。その究極の力こそ、『絶対勝利』の信心である」

”つらくても、何があったとしても、前に進み続ける限り、
乗り越えられない苦難なんてないと教えてくれたお母さん。
私も、試練に負けない!”愛華さんは、唱題と勉学に粘り強く挑んだ。

 そして12月。愛華さんは創価大学の推薦入試に合格を果たす。
母子は、涙で顔をくしゃくしゃにして、喜びをかみしめ合った。

   ◇  ◇  ◇ 

「信心があれば、人生の悩みも苦しみも、
一挙になくなるというわけじゃありません」
 現在も半年に一度、検査に通い、がんとの闘いを続けている峰子さん。

「それでも、信心で、自分自身に負けないことの貴さを感じられたから
こそ、私たち家族のかけがえのない”今”があるんだって思います」
そんな母の姿に、創大生となった愛華さんが笑顔を向けた。

「お母さんの姿が私に勇気をくれた。今度は、私の番。
お母さんみたいな強く優しい人に成長するね!」
 (中部支社編集部発)

 おわり 聖教新聞より

 入学の曲、子宮頸がんに挑む母をまとめました。
信仰体験 入学の曲、子宮頸がんに挑む母(1)
信仰体験 入学の曲、子宮頸がんに挑む母(2)

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2016年04月12日

<私立保育園>「子供の声うるさい」開園断念 千葉・市川

保育園が開園断念.PNG

声うるさい 保育園が開園断念2016年4月11日(月) 21時13分掲載

<私立保育園>「子供の声うるさい」開園断念 千葉・市川
 千葉県市川市で4月に開園予定だった私立保育園が

「子供の声でうるさくなる」などの近隣住民の反対を受け、
開園を断念していたことが分かった。

同市の待機児童は373人で全国市区町村で9番目に多い
(昨年4月時点)。

説明会に同席するなどして地域の理解を求めてきた市の担当者は
「(住民の反対で)開園が延期したケースは

東京都内などであるそうだが、断念は聞いたことがない。
残念だ」と言う。(毎日新聞)

<私立保育園>「子供の声うるさい」開園断念 千葉・市川

我欲な大人どもはここまできたか、と思う。

保育園ではしゃぐ園児の声がうるさい。
幼児のはしゃぐのがうるさいとしか聞こえない

人間性を亡くした人人の心が理解できない。
私の住む近くに保育園があった。
保育園があっても、終日騒いでいる訳ではない。

休憩時間に騒いでいる、体育の時間に騒いでいる、
それくらいだ。そんなの当たり前だ。後は静かである。

私は園児の賑やかな声が聞こえると、「ああ、元気でいいな!」
と思う。園児が騒ぐのは当たり前。

騒がない園児を育てるなんて、絶対よくない。
それは園児の育て方に反する。園児はのびのびと育てるべきだ。

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2016年04月13日

日本人なら思わず涙する日本はすごい国・日本人のすごいところ



外国から見たら、日本はすごい、欧州のアジアの
植民地化は第2次世界大戦がなければ、まだまだ
、長引いた可能性は高い。

日本がアジアの植民地化を阻止した意義は大きい。
この動画は一見する価値はあると思いますので、
投稿します。

簡単な歴史が学べます。
さらさらと言ってますが、意味するものは大きい。

日本はすごい!と言われれば、そいう見方もありますが、
それは過去の偉大な人達がすごいのであって、
我々凡人は頭に乗って満にならず、日々謙虚に生活しましょう。

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2016年04月14日

世界の体験プラザ プロのバレエダンサーとして活躍 (1)

だにえれさん.PNG
「カルメン」のエスカミーリョ役を演じるロメオさん


世界の体験プラザ プロのバレエダンサーとして活躍 (1)

仏法の実践で”本当の自分”輝かす

圧倒的無力感からの再起


「残念だが、君はもうここにはいられない。君は身体が弱すぎて、ダンサー
として成功できないよ」

尊敬する芸術監督の言葉に、自分の耳を疑った。ドイツの名門バレエ学校
の門をたたいたものの、たった数か月で膝を故障し、試験で落第。
描いていたプロのバレエダンサーへの夢が、音を立てて崩れていった。

故郷のイタリアへ。失意の中で頭をよぎったのは、以前、親友の女性が
真剣に語ってくれた宗教の話だった。

確か書籍をもらっていたはず………。懸命に探し、手にしたのは
イタリアSGI(創価学会インタナショナル)が出版した仏法の入門書。
気づくと、どんな困難も乗り越える力が自身の中にあるとの
理念に魅了され、夢中になってページをめくっていた。

 親友が一度、どう唱題するか教えてくれたことがあったので、
一人で試してみることに。発したことのない南無妙法蓮華経の音律に、
最初は違和感を抱いたが、次第に心が軽くなっていくのを感じた。

すぐに親友に電話。「君の言った通り、熱いものが体の芯から
こみあげてくるのを感じたよ!」

「よかったわね。無理せずに続けてみて。唱えたいと思う時に
唱えるのよ。ただ唱題する時は、しっかり意識を集中してね」

2008年2月のこと。ダニエレ・ロメオさんは、圧倒的な無力感から
立ち直るため、SGIの仏法を実践し始めた。19歳の時だった。

 膝の故障と向き合いながら、別の学校への入学を目指した。
自身の心に巣くう恐怖を克服したいと、毎日、壁に向かって、題目を
唱える。祈るほどに、「必ずやり直せる」と強く思えるように。

 そして数週間後、スイスのバレエ学校のオーデションに合格し、
再びプロを目指すことになった。

「この信仰が、新たな挑戦の勇気を与えてくれました。バレエダンサーの
夢を再び追いかけられるようになったことが、私の最初の功徳でした」

SGIの友と.PNG
SGIの友と。前列左端がロメオさん

 
自身の中に無限の可能性

 ロメオさんは1988年、イタリア・トリノ市に生まれ。10歳でフラメンコ
を始め、14歳からバレエを。早いスタートでは決してなかった。

 幼いころから、人懐っこい性格。だが逆に人から嫌われることを極端に
恐れた。11歳でパニック障害に。誰とも会いたくなく、ただ踊ることだけが
心のよりどころだった。

精神分析医の助けで、少しずつ恐怖をコントロールできるようになって
いったが、仏法に出会うまで、心を覆う霧が晴れることはなかった。

「どこかにではなく自分の生命の中に無限の可能性が具わっている。
この信心で、その力を最大限に引き出せば、周囲も同じように
尊敬していける。

仏法の実戦を始めてからは、何があっても揺るがない「本当の自分」を
必ず輝かせていけると、確信するようになりました」

 スイスのバレエ学校に通いつつ、SGIの会合にも積極的に参加して
いった。

 2009年10月、晴れて御本尊を受持。それまでは、同居人を気遣って、
パルコニーで空にむかって唱題を。早朝からの厳しい練習が終わると、
「御本尊の前で皆と一緒に祈りたい」と、勇んで会合に駆け付けた。

バレエ学校では、「君はもう若くないから、もっと練習しないと……」
と何度も言われた。けがも完全に治ったわけではない。劣等感、
けがの恐怖との闘い。

だからこそ自身の強みを伸ばそうと、誰よりも早くダンスを覚えるよう
努めた。題目を唱え、池田SGI会長の著作を研さんすることが、
心の支えだった。

 11年6月、優秀な成績でバレエ学校を卒業。ただ就職は容易では
なかった。ヨーロッパ中を回り、30以上のオーディションを受けたが、
立て続けに不合格。

両親すら諦めかけていたが、「自分には御本尊がある」と一歩も
引かずに挑戦し続けた。

 同年の年の瀬。ドイツ南部にあるウルム劇場のオーディションに臨む。
体の調子が優れず試験前半の結果は芳しくなかったが、後半、その場で
すぐに振り付けを覚える試験では緊張せずに全力を発揮。
その”即応力”が評価され10日後、晴れて採用の通知が届いた。

「学会活動で、自身の弱い心に負けない強さを持てるようになりました。
全ての困難は、宿命転換のスピードを加速させる最高のチャンスなのだと、
今は思えます」

第2回へつづく 『聖教新聞 2016/04/04(月)』

まとめ
世界の体験プラザ プロのバレエダンサーとして活躍 (1)
世界の体験プラザ プロのバレエダンサーとして活躍 (2)

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2016年04月18日

世界の体験プラザ プロのバレエダンサーとして活躍 (2)

バレエを披露.PNG
美しいバレエを披露するロメオさん


世界の体験プラザ プロのバレエダンサーとして活躍 (2)

仏法の実践で”本当の自分”輝かす

 けがを乗り越え国立劇場のソリストに

 広布草創の最前線で奮闘


 ウルム劇場に勤めた後、ドイツのマインフランケン劇場のゲスト
ダンサーに。そして12年11月、東欧クロアチアで最高峰の
「クロアチア国立劇場」(リエカ市)のオーデションに挑戦。

ドイツ最大のバレエ団でプリンシパルだった監督から技を激賞され、
その日に契約が決まった。

 堅実な仕事ぶりが評価され、1年半後にソリストに昇格。
これまで、「アンナ・カレーニナ」のコンスタンチン・レーブイン役、
「くるみ割り人形」のドロッセルマイヤー役、「カルメン」の

エスカミーリョ役など重要な役柄を務めることが出来、現代ダンスの
作品でも活躍している。

「バレエは、誰もが一番を目指す、生き馬の目を抜くような世界です。
私も同僚からの根拠なき中傷に苦しんだことがあります。
それでも皆を尊敬し、最高の作品を創り上げていかなければなりません。

万人に仏性を見いだす信仰の実践は、私の仕事に対する姿勢をいつも
正しい方向へと導いてくれます」

 クロアチア国立劇場のプリンシパル、そして世界一流のバレエダンサーを
目標に、日々精進するロメオさん。SGIにおいても、昨年3月、
クロアチアの初代男子部長に任命され、広布の先頭を走っている。

 クロアチアでは13年に支部が誕生したばかり。男子部員も、全土の離れた
場所に住んでいるため、月に一度の座談会のほかに、インターネット電話を
介した御書学習会などを開催。クロアチア男子部の盤石な基盤を築くために
奮闘する。

「信仰という新たな人生の旅を始めて、これまで多くのことを
成就出来ました。直接お会いしたことはありませんが、池田先生という
人生の師匠の存在がなければ、ここまで到達できませんでした」

「男子部は「獅子たれ」と、池田先生は期待されています。
同志と力を合わせて、壁を破り、突破口を開く、師子の使命を果たして
いきます!」

 27歳、入会7年。師弟の闘魂を若き血潮にたぎらせて、
ロメオさんは今日も、広布と人生の舞台で至高の舞を目指す。

クロアチア国立劇場.PNG
リエカ市のクロアチア国立劇場



おわり 『聖教新聞 2016/04/04(月)』

まとめ
世界の体験プラザ プロのバレエダンサーとして活躍 (1)
世界の体験プラザ プロのバレエダンサーとして活躍 (2)

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