聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

子育て中の母親に安心と笑顔を(1)

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紙上セミナー  生活に生きる仏教


紙上セミナー  生活に生きる仏教
 助産師・看護師 中村康子


【プロフィル】まかむら・やすこ 助産師として、思春期、妊娠・
出産、育児における女性の健康とその家族のサポートを行ってきた。
現在、NPO法人で、行政と連携し、育児支援に携わっている。
1983年(昭和58年)入会。婦人部副本部長。白樺会副委員長
(東京白樺会委員長)。
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助産師・看護師 中村康子


仏法は”希望の生命哲学”

 子育て中の母親に安心と笑顔を(1)

命を育み輝かせる”励まし合いの社会”に

 生命、誕生……分娩室に赤ちゃんの元気な産声が響く瞬間、それまで
陣痛に耐えてきたお母さんの顔は一転、安堵と喜び、達成感で最高に
美しく輝きます。

赤ちゃんの誕生は、同時に一人の”新しいお母さん”が力強く誕生した
瞬間でもあり、子育ての始まり、家族の新たな出発でもあります。

 胎児は10ヶ月間で何十億年の進化の歴史をたどるように成長を
遂げるといわれます。

 いよいよ出産となると、規則的な陣痛の波に導かれ、赤ちゃんは
産道を通りやすくするために、自ら回旋しながら出口を目指します。

もちろん、誰に教えられたわけでもありません。この生命の神秘に
触れた時、私は「赤ちゃんは、このお母さん、この時、この場所を
選んで、必死で生まれてこようとしている」と思えてなりません
でした。

この厳粛な感動に魅せられ、助産師となって約30年。たくさんの
出会いの中、ご家族と喜びを分かち合える最高のお産になるよう、
真剣に唱題して臨んできました。

現在、行政と連携しながら、育児支援に携わっていますが、超少子
高齢社会の今、想像以上に子育てが困難な時代を迎えていると実感
します。


 育児の不安を和らげる関わり

 先日、訪問してお会いしたお母さんは、赤ちゃんの成長が不安で、
ノートに20項目くらいの質問を書いて、待ってくださっていました。

 緊張でいっぱいのお母さんの肩や腕をマッサージいながら、心配な
気持ちを受け止め、赤ちゃんの元気な様子を一緒に一つ一つ確認して
いくと、徐々に表情が和らぎました。

 母子手帳を見て、「○○時間かけて出産されたんですね。本当に
頑張りましたね」とねぎらうと、「そうなんです。でも育児の大変さに
、すっかり忘れていました」と、初めてわが子と対面した時の感激を
思い起こして涙を流された後、自身を取り戻したように笑顔を見せて
くれました。

 ひと昔前、紙おむつも、ネット通販や便利な家電もない時代に、何人も
育てていた頃の先輩からすると、「今のお母さんたちは楽になっているだ
ろうに」と思えるかもしれません。

 しかし、昔と違い今では、ほとんどのお母さんが、生まれたての
赤ちゃんを見た経験もないまま、初めての育児をスタートするのです。
核家族化が進み、共稼ぎ、高齢出産など、社会背景は、かつてと
大きく変わり、介護とのダブルケアの問題も多くなっています。

インターネット上に、育児に関する情報はあふれていますが、どれを
信じ選択していいか分からず、まるで情報の海で溺れそうになっている
ようにも感じます。

 行政でも、さまざまな取り組みがされていますが、産後うつ、虐待は
増えており、母親だけでなく最近では父親の「イクメンブルー」も問題
になっています。

 私は育児のサポートを行っていますが、お母さん(お父さん)の話に
耳を傾けること、その頑張りをねぎらうことを心掛け、”ゆっくり、
自分らしく、親になることを楽しみましょう”と、お伝えしています。

 池田先生が作詞された「母」の曲にこうあります。「母よ あなたは
/なんと不思議な 豊富(ゆたか)な力を/もっているのか……」
 
 どんな時代にあっても、生命を守り育む母には困難に負けない豊かな
力があることを確信し、自分自身も成長し続けたいと思っています。

つぎにつづく 【聖教新聞 2017/06/27(火)】


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仏法は”希望の生命哲学”子育て中の母親に安心と笑顔を(2)

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紙上セミナー  生活に生きる仏教

 助産師・看護師 中村康子


仏法は”希望の生命哲学”子育て中の母親に安心と笑顔を(2)

命を育み輝かせる”励まし合いの社会”に

生死の苦悩を乗り越える信仰


 私が、この仏法と巡り合ったのは、19歳の看護学生の時です。
治療法のない病気、生まれながらの疾患、そして必ず訪れる死……。
入会する前は、厳しい現実に直面して、自らの使命を見出せずに
いました。

 参加した座談会で、仏法は宿命の転換を可能にし、「生老病死」
の苦悩を乗り越える”希望の生命哲学”であることを知り、感動し
ました。そして、「あなたにしか果たせない使命がありますよ」
との温かい励ましに、入会を決意したのです。

 さまざまな世代が地域に根差しながら、励まし合って進む
創価学会は、生命を守る”慈愛のセーフティ・ネット”であると
感じます。

、      ◇

 2年前、私自身が父の見取りの体験をした時のことです。母と
共に、感謝の言葉をシャワーのように語り掛け、優しくマッサージ
をし、父の呼吸の速度に合わせて題目を唱え、一緒に呼吸しました。

 この時、私は、手を握り、目を合わせて波を乗り越える感覚が、
産婦さんと呼吸を合わせて陣痛の波を乗り越える時と全く同じ感覚で
あることに驚きました。

 産みの苦しみを越えて新たな生命が誕生するように、生命は、また
引き潮の波に乗って”生命の大海”へと戻っていくのだと実感したの
です。

 この経験をしてから、日々、赤ちゃんに合うたび、両親を選んで
生まれてきた生命に、より深い感動と畏敬の念を感じるようになり
ました。

 一人一人に、かけがえのない使命

 日蓮大聖人は、女性門下の懐妊の報を聞かれて、「玉の子出で生れ
ん目出度覚え候ぞ」(1109ページ)と喜ばれています。

 池田先生は、この御文を拝して「日蓮仏法では、すべての人間は、
『仏』の生命を具え、偉大な使命をもって、この世に出現したと
とらえる。

つまり、子どもは、未来を担い立つ、崇高な人格をもった
、使命深き鳳雛と見る。ゆえに、仏法からは、決して、親の所有物
などというとらえ方は生まれない」(『新・人間革命』第24巻)
とつづられています。

 仏法は、「桜梅桃李」と説き、一切の生命がそれぞれの特質を
改めることなく、ありのままで輝いていけると教えています。
どんな人も、かけがえのない使命をもち、幸せになるために生まれて
きたのです。

 縁する全ての人との深いつながりを感じながら、母子の笑顔を
輝かせる”励ましのネットワーク”を広げていく決意です。

 

 「人身は受けがたし」

 仏法は「三世の生命」、すなわち”永遠の生命”を説いています。
この仏法の視座から見る時、私たちが人として生まれ合わせることは、
まれなことだといえます。

 仏典では、「人として生まれることは、三千年に一度しか咲かない
優曇華(うどんげ)の花にあうように難しい」(涅槃経、趣意)と
説かれています。

 また、日蓮大聖人も、「人身をうくる事はまれなるなり」(御書
902ページ)、「人身は受けがたし爪の上の土」(同1173ページ)と
仰せになっています。「爪の上の土」とは、数や量が、ごくわずかである
ことを譬(たと)えた言葉ですが、同じように人として生まれることは
まれであることを教えられているのです。

 まさに、私たちは”受けがたい人身を”を得た、尊い一人一人です。
「子宝」「授かりもの」といわれるように、生まれてくる命は、尊く、
かけがえのない存在なのです。

 おわり 【聖教新聞 2017/06/27(火)】



posted by mity504 at 17:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て

世界の体験プラザ「人間革命」の思想を広げたい(1)

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先住民の暮らしをより良くするために最善を尽くす


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ボリビア


世界の体験プラザ「人間革命」の思想を広げたい(1)

先住民の福祉に取り組む社会学者 
 ボリビアSGI ロクサナ・モヒカさん

誰もが幸福に生きられる世界に


 心にあった虚無感


 南米大陸のほぼ中部に位置するボリビア。正式名称は「ボリビア
多民族国」で、南米の国々の中でも、先住民人口の比率が高い。

 國家の中枢機関がある事実上の首都はラパスだが、憲法上では
19世紀の古都・スクレが首都になっている。

 ロクサナ・モヒカさんは、そのスクレで生まれた。父親は早くに
妻子を置いて家を去り、モヒカさんら4人の子どもは母親の実家で
育てられた。

「母は教育を重んじていました。教育は未来へのパスポートであり、
得た知識は誰にも奪われない、というのが母の口癖でした」

 大学では社会学を専攻。学費などを賄うため、國家統計局で
働きながら学んだ。卒業後、社会学者としてチュキサカ県自自体や
NGO(非政府組織)などで重責を担ってきた。

「福祉も足りず、極貧状態にあったチュキサカの先住民たちの
実情を知り、この人たちの幸福のために働こうと思ったのです」

 42歳で公衆衛生の修士号も取得。自分が望んだ分野の仕事であり、
いくつもの重要な機関で実績も重ねた。ただ一方で、心のどこかに、
言葉では説明できない虚無感が拭い切れずにいた。

 2007年、最南部のタリハ県に転勤し、EU(欧州連合)が支援する
衛生・保健プログラムの地域コーディネーターに就いた。

 だが、職場の人間関係などで強いストレスを抱え、不眠に悩まさ
れるようになる。


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チュキサカ県の先住民グアラニー族が集
まるイベントで(右端がモヒカさん)


 渡された一枚のメモ


 そんな中、やはり社会学者として同じプログラムに加わっていた女性と
親しくなった。

「彼女がよく眠れる方法を教えてあげると言うので、てっきり薬の
名前かと思ったら、メモに南無妙法蓮華経と書いてくれたのです。
”朝晩この言葉を繰り返すのよ。そうしたら眠れるから”と」

 言われた通り実践してみると、心が落ち着いて眠れるようになり、
自信と安らぎが生まれた。彼女に誘われてSGIの座談会に参加する
たびに、メンバーの友情や励まし、体験談に心を打たれた。

 3ヶ月後、SGIに入会しご本尊を受持した日、タリハの婦人部長が
モヒカさんに語り掛けてくれた。

「もうこれからは生涯、独りではないからね。あなたには御本尊がある。
この地にも、そして世界中にも、新たな家族がいる。何より池田先生と
いう人生の師匠がいるのよ」

 何という温かな世界だろうと思った。そして、日蓮仏法が説く深遠な
生命感に、心からの安心を覚えた。

 モヒカさんの確信あふれる姿と、地元SGIの同志の誠実な態度に触れて、
年が明けると、母や姉妹も相次いで入会した。

 看護師でもある姉のメルビーさんは、現在ではコチャバンバ市内の
自宅を個人会場に提供して、子や孫も広布後継の人材に育っている。
同じく入会した妹のマリクルスさんは細胞学を専門とする大学教授。
先住民
ボリビア最大の国立病院で整形外科医を務める兄のロランドさんは、
SGIの良き理解者だ。

 つぎにつづく 【聖教新聞 2017/07/10(月)】


posted by mity504 at 10:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 世界の体験プラザ

世界の体験プラザ「人間革命」の思想を広げたい(2)


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「ボリビアSGI女性平和会議」の一員として登壇する
モヒカさん(左)


世界の体験プラザ「人間革命」の思想を広げたい(2)

先住民の福祉に取り組む社会学者 
 ボリビアSGI ロクサナ・モヒカさん

誰もが幸福に生きられる世界に

 私から変わること


 先住民たちの福祉に関わりながらも、以前のモヒカさんは”彼ら”の
行動や習慣を変えなければと考えていた。母子の死亡率を減らすこと等ぼりびあ
についても、あくまでも数字の結果に固執していた。

「私は世界を変えなければならないと考えていました。けれども池田先生
の思想に触れて気が付いたのです。大事なことは、まず私自身の人間革命
から始めることだと。一人一人を尊重し、彼ら自身の”人間”に光を当てて
いくことを、この信仰で学びました」

 混迷する現実社会の中で、苦しむ人々のためにどう行動していくか。
法華経の思想は、自ら誓願して悪世に躍り出た「地涌の菩薩」としての
自覚を促している。

それは、泥水の中で、しかも泥に染まらず、美しく咲く百蓮華のごとき
生き方だ。

 御書を学び、池田先生のスピーチや提言を学ぶたびに、モヒカさんは、
ボリビア社会に創価の希望の哲学を広げていく使命の自覚を新たにして
きた。

 広布の第一線では、地区婦人部長として、同志の励ましに走る日々。
また「ボリビアSGI女性平和会議」の一員として、毎年、教育委員会など
と連携し、女性の教育や人権啓発の取り組みに尽力する。

親交のある各界の要人たちにも折あるごとに対話を重ね、池田先生の
書作などを贈呈。ボリビア社会にSGIへの理解と共感を大きく
広げてきた。

 昨年まで、ボリビア自治体協会連合会で行政顧問を務めた。
現在は独立し、NPOと協力しながら、先住民の地方自治体の運営管理を
サポートする。

 さらに、サンフランシスコ・ハビエル大学で、先住民の言語・ケチュア
語を学んでいる。

「池田先生が教えてくださった”人間は幸福になるために生まれてきた”
という『衆生所遊楽』の社会をボリビアに築きたい。この人間革命の
思想を広め、最も虐げられ苦労している先住民の人々に、人生を捧げよ
うと決意しています」

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前列左からモヒカさん、兄・ロランドさん、後列
左から姉・メルビーさん、妹・マリクルスさん


 おわり 【聖教新聞 2017/07/10(月)】


posted by mity504 at 17:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 世界の体験プラザ

いま想う・戦後71年の歩み まとめ 1


いま想う・戦後71年の歩み まとめ 1

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磯村さんは、「戦争とは破壊。全てを破壊することじゃ。
いいことは一つもない」と戦時を振り返る。戦後は、
価値を創造する創価の哲学を一心に広めてきた
信仰体験 いま想う 戦後71年の歩み 信心で無力感は使命感へ(1)

鈴木さん1.PNG
戦場の日々を振り返る鈴木さん。「暑い夏が訪れるたび、終戦前、
飢えと爆撃に耐えた日々が思い出されます。こんなに生きられるとは
考えもしなかった。これからも一日一日を大切に、広布のため、
平和のために語り続けます」と。
戦後71年の歩み、生きて帰ったこの命は平和のために使うんだ(1)

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ひ孫を抱いて、笑みをこぼす中澤さん。「信心という宝を
一人一人に伝えていかなきゃね」と(左から、孫の拓海さん
、長女・純子さん、中澤さんとひ孫の早川真珠ちゃん、
孫の早川瑠美さん)
戦後71年の歩み・悲しくても立ち上がる「全てに感謝できる自分に」(1)

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写真上 思い出したくもない、つらく悲惨な体験も、
「平和のために語り継いでいかねば」と栗田さん。
「私たちが経験した苦しみや悲しみは、子や孫、
そして子々孫々まで、絶対に味わわせたくないから」と
写真下 栗田さんが電話交換手として、勤めていた樺太・
豊原逓信局の建物。にぎやかな駅前通りにあった
(1939年撮影、写真:近現代PL/アフロ)
戦後71年の歩み 人の幸せを祈れる自分に変わった

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1944年(昭和19年)7月8日、
植野さんのいた第49師団歩兵第106連隊は、
戦艦大和で広島の呉を出発。タイを経由し、
鉄道でビルマ(現・ミャンマー)へと向かった。
戦後71年の歩み・人を幸せにしてなんぼ、その信念で生きてきた(1)


聖教新聞トップページ 2017/07/23(日)

 聖教新聞トップページ 2017/07/23(日)
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 兵庫 一万人の勇者が一堂に

 歓喜の青年大海 ワールド記念ホールで開催

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 兵庫創価青年大会が22日午後、2回にわたって、兵庫・神戸市の
ワールド記念ホールで開かれ、代表1万人が集い合った。これには
池田大作先生がメッセージを贈り、兵庫は阪神・淡路大震災から大復興
を遂げた、世界の希望の港であると強調。
「兵庫から、平和と人道と正義のスクラムを一段と強く大きく広げゆく、
新航路を開いていっていただきたい」と、次代を担う青年たちに期待を
寄せた。
兵庫県の井戸敏三知事、神戸市の久元喜造市長をはじめ各界の識者ら
来賓約2000人が出席し、歓喜あふれる演奏・演技に惜しみない拍手を
送った。



九州でインド青年部研修会
 200人が来日、福岡各地で交流交歓会

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九州・菜の花少年少女合唱団の歓迎パフォーマンスに
インドの友も大喝采(九州池田講堂で)

 インド青年部研修会で来日した200人のメンバーが22日、福岡市の
九州池田講堂を訪れた。
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筑紫野平和講堂で行われた交流交歓会。先の豪雨
災害で被災した甘木圏朝倉本部の友も参加した


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 高校野球 夏の大会

 西東京・創価大熱闘・延長15回、再試合

 第99回全国高校野球選手権大会の西東京大会5回戦が22日、府中市民
球場で開催され、創価高校が、昨夏の準決勝で惜敗した第5シードの
八王子高校と、延長15回死闘を演じ、5対5の同点で再試合となった。

 大阪関西創価4回戦へ

 大阪大会の3回戦は同日、万博球場で行われ、関西創価高校が大阪学院
大高校に3対0で勝利し、4回戦へ進出した。


posted by mity504 at 15:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 創価学会・ニュース

世界の体験プラザ 世界的監査法人の勤務経験生かす(1)


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世界の体験プラザ 世界的監査法人の勤務経験生かす(1)

 大手総合商社の経理・税務を担う

現地と日本を結ぶ架け橋に

  台湾SGI 洪 孟君(ホン モンジュン)さん

  仏法に無駄はない

 「はい!私にやらせてください」。気付いた時には手を挙げていま
した。

 2011年に大学を卒業し、世界四大監査法人の台湾法人に就職。この時、
入社2年目を迎えた私は、本来は3年以上の経験が必要な仕事に自ら志願。
常々、心に刻んでいた”若い時の苦労は、買ってでもする”との信念を
実行に移しました。

 ところが、重圧は想像をはるかに超えていました。顧客は、オセアニア
を代表する銀行の台湾支社。その税務監査の案件で、副グループ長に
任命されました。

私は、顧客と上司の間にはさまれ、一人で百数十万台湾ドルに及ぶ責任を
負い、心労と睡眠不足で、逃げ出したい気持ちになりました。

 台湾SGI女子部副書記長に、との話があったのは、そんな時です。
悩みましたが、「ここで役職の話をいただいたのは意味がある」
「今こそ人間革命のチャンスだ」と、再び決意し、全てをやりきる一心
で受けました。

 朝は同僚より早く出勤し、仕事に全力投球。SGIの活動も妥協しません
でした。黙々と奮闘する私の姿を見て、同僚も深夜まで手伝ってくれ、
案件は無事に成功。最高の経験を積むことができたのです。

 もちろん、うまくいくことばかりではありません。ある中国大陸の
商社が台湾証券取引所に上場する案件では、法律上の不備が見つかり、
9ヶ月かけてまとめた資料が水の泡に。

また、ある台湾企業の海外取引先の確認のため、上司と2人で中国大陸
に渡り、タクシーで走り回ったことも忘れがたい思い出です。

14年には、縁あって日本の大手総合商社が100%出資する台湾法人に
転職し、現在は経理、税務等のコンサルティングを担当しています。
前職の経験を存分に生かすことができ、「仏法には無駄がない」ことを
心から実感しています。


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現在の職場である大手総合商社・
台湾法人前で


  大学不合格が転機

 私は1988年、3人きょうだいの長女として台湾中部の南投県で生まれ
ました。

 父は金型加工の工場を経営していましたが、仕事は不安定。そのこと
を悩んでいた母は、パートと掛け持ちをしていた新聞配達の集金先で、
題目の声を耳にし、なぜかとても心引かれたそうです。

「宿命を転換する仏法です」との話に、すぐに入会。父の反対で、御本尊
は安置できませんでしたが、私たちきょうだいも未来部の活動に参加する
ようになりました。

 私は、幼い頃から、決めた目標は最後までやり遂げる性格でした。
小学校では学業と陸上部を両立。中学・高校6年間は、英語ラジオ放送を
欠かさず聞き、大の得意科目になりました。

 成績はずっとトップクラス。しかし、大学受験ではまさかの第1志望
不合格。初めて味わう挫折でした。

 いらいらし、家族に八つ当たりしましたが、母は、「一緒に信心で
乗り越えましょう」と励ましてくれました。私は初めて真剣に祈り、見事
、台湾大学管理学部・会計学科に合格できたのです。

 今思うと、あの”不合格”に本当に感謝してます。競争率が高いと
いう理由で第一志望の学部に入っても、将来は見えなかったでしょう。
また自身過剰で、人の痛みが分からない人間になったかもしれません。

会計士への道は、一歩一歩積み上げる性格の私にぴったりだったと
実感します。

 大学では学業だけでなく、台湾SGI学生部の代表も務めました。
大学卒業直前には、会計士試験を目指して、猛勉強に挑戦。試験は7科目
あり、4年間で合格すればいいのですが、思い切って「1回で全科目合格」
を決意。2011年、合格者600人のうち、一発合格者は12人で、私は
その一人になることができました。

  つぎにつづく 【聖教新聞 2017/07/17(月)】

posted by mity504 at 17:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 世界の体験プラザ
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