信仰体験、ブラボーわが人生 第16回 わしら193歳ブラザーズ(3) - 聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

信仰体験、ブラボーわが人生 第16回 わしら193歳ブラザーズ(3)

新さんとお奥さん.PNG
ブーゲンビリアを育てる新さんと、妻の綾子さん(92歳、支部副婦人部長)


信仰体験、ブラボーわが人生
第16回 わしら193歳ブラザーズ(3)

「池田先生が大好きじゃ。それが信心の根っこたい」


官約移民(ハワイ政府と明治政府が結んだ契約に基ずく移民)
の父を持つ九州男さんはハワイで生まれた。
日本で暮らした少年期。

戦争に足音が聞こえると、父は九州男さんを
カナダの親戚へ預けた。

近所から「国賊」と指を刺されたが、父は「命ほど
大事なものはない」と息子に言葉を残した。

だがオンタリオ州の収容所に収監された。
背中に赤い丸の付いた服を着せられた。
日の丸かと思ったが銃の的だと知った。

死ぬか生きるかの極限状態で痛感したのは、
命の尊さと、はかなさだった。

一方、新さんは戦史で最も無謀と言われた。
「インパール作戦」の将校だった。
ビルマ(現ミャンマー)で銃撃戦をくぐり、血に染まった。

撤退路では、帰国を目指す多くの兵が病と飢えに倒れ、
自決も目にした。生き延びた兄弟は、戦後の漠たる
不安にあえいだ。詐欺にもあった。

転機は1962年。くしくも2人は同じ年に、創価学会に
入会する。兄はハワイで、弟は日本で。

信仰の力は凄まじく、戦後初めて、生きることに
胸を張れた。生かされた意味と向き合う中で、
ブルー・ハワイ・コンベンションへの参加は、
2人にとって大きな原点となった。

人種と言語を越えた人間主義の連帯。夢のようだった。
池田SGI会長は紛れもなく、「平和の体現者」
だと確信した。

師弟の道を迷わず走った幾山河。
新さんには一つの「やり残し」があった。
3年前、ミャンマー中央を流れる旧称イワラジカワを
訪れた。

凄惨な記憶を残す地には、穏やかな風が吹いていた。
20人程と小舟に揺られた。新さんは一人、
手を合わせて追善の勤行をした。

「俺についてこい。日本に帰ろう」。
流れる涙はどうしょうもなかった。大きな花束を
土色の川面にささげた。

取材中、2人が口にしたのは「命を全うする」
という真実の叫びだった。

「命限り有り惜しむべからず遂に願うべきは
仏国なり」(御書955ページ)。

その一節が、兄100歳、弟93歳の「生きる」
ということだ。(天)

おわり (聖教新聞)

まとめ信仰体験、ブラボーわが人生 第16回 わしら193歳ブラザーズ
信仰体験、ブラボーわが人生 第16回 わしら193歳ブラザーズ(1)
信仰体験、ブラボーわが人生 第16回 わしら193歳ブラザーズ(2)
信仰体験、ブラボーわが人生 第16回 わしら193歳ブラザーズ(3)

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posted by mity504 at 18:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 信仰体験
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