信仰体験 平和の祈り 絵筆に込め  母の肖像画 優しき笑みの理由は・・・(1) - 聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

信仰体験 平和の祈り 絵筆に込め  母の肖像画 優しき笑みの理由は・・・(1)

時により人間ほど残酷な行いを行えるものはない、
その他の動物は弱肉強食で
生きていくために弱肉を殺害するけれども、
必要以上に食肉することはない。

しかし、人間は己の利害で人を殺せる。
残虐な殺し方や拷問で傷めつくすことが出来る。
期に応じて、人は仏界にも餓鬼界にもなる。
仏界も地獄、餓鬼、畜生界も備えているのが人間。
期に応じて人のこころは変化する。
そのこころを十界互具という。

体験談1.PNG
寛康さんが描いた母の肖像画


【福岡県飯塚市】在日1世竹山(張)寛康さん(89)
=池田支部、副本部長=は、時間を作っては油絵を描く。
祖国に美しき岩稜、騎乗のナポレオン・・・。
ポロポーズして日には、花を摘む妻の横顔を贈った。
先日、一枚の肖像画を描いた。
チマ・チョゴリを着た祖国の亡き母。
優しき笑みを浮かべている。

信仰体験

平和の祈り 絵筆に込め
母の肖像画 優しき笑みの理由は・・・


植民地ゆえの制約に耐えるということが、生きるということだった。
現在の韓国・大邱(テグ)の生まれ。
5歳で日本へ渡ったが、父の商売が安定するまで、
一時的に祖国へ母と戻った。

貧しさの中で、白菜の葉を売り、根を食べて飢えをしのいだ。
母は一人で末っ子を産んだ。障子の間から息子が手渡す
ハサミで、へその緒を切った。

8歳の時、商売を軌道に乗せた父が、家族を日本に呼び寄せた。
行く先々で、特高警察から所持品検査を強いられた。
竹山少年は絵を描くことで、心に安らぎを感じようとした。

描いたのは町の風景。炭鉱の町だった。
戦時中、筑豊炭田には多くの人が強制連行された。
「アイゴー(哀号)」と呼ぶ声が暗夜に響く。

竹山さんの叔父も働いていた。何度も逃亡を企てた。
特高の目と耳は、たどたどしい日本語を見逃さなかった。
裸の叔父を木刀で袋だたきにした。

叔父は、ようやく網をくぐって山口県の農家にたどり着いた。
体中のアザを見せて倒れた。手には竹山さんの住所を書いた
紙が握られていた。

連絡を受けた父は、叔父をかくまい、闇船で祖国に帰した。
だが苛酷な体罰がたたり、終戦を待たずに亡くなった。
訃報に接した母の背中は、おえつに震えてた。

1939年(昭和14年)の創氏改名で「竹山」を名乗らされた。
朝鮮姓を手放すことを、命を絶つことで拒んだ同胞もいた。
家族は緊張の中、模範を演じた。

終戦を迎えると、朝鮮半島が植民地支配から解放された。
母はすぐ帰国船に乗った。見送った竹山さんも、
後から追いかけるはずだつた。

ところが祖国に安住の地などなかった。
50年の朝鮮戦争で、母のいる村が北朝鮮軍に襲われた。
いとこは韓国軍の尋問に言葉が出なかっただけで、
一味と見なされた。

足にすがりつく叔母の叫びもむなしく、穴を掘らされ、
銃殺された。母は辛くも生き延びたが、
時代に翻弄されていた。

悲運に泣く祖国の役に立ちたい。その思いは竹山さんを、
朝鮮中高級学校の
教師の道へ向かわせる。

遅配された薄給で、妻の房子さん(82)=婦人部副本部長
=と、幼子6人を養う。困窮していた。
房子さんは、創価の仏法哲学に希望を見いだした。

訪ねてきた学会員の姿は力強く見えた。だが周囲には
「宗教はアヘン」という偏見があり、「反逆者」と言われた。
竹山さんは妻に人目を避けて活動しろとすごんでも、
折伏に歩く姿は輝きを増すばかり。心が揺れ始めた。

転機は64年、東京オリンピックの年に訪れる。
在日本大韓民国民団が、戦後、祖国に帰国した同胞を
日本に迎えた。

そこで母と19年ぶりの再会を果たせた。
増えた白髪に、これまでの苦労がにじんでいた。
妻を初めて紹介できた。孫も抱かせてやれた。

おしめを取り換える母の嬉しそうな横顔を、
竹山さんはいつまでも見つめていたかった、
帰国の途に就く母に手土産を持たせることは、
家計が許さなかった。

竹山さんには、その年に心筋梗塞で他界した父の借金があった。
自身も冠動脈硬化症で教壇に立てず、収入は途絶えていた。
恥を忍んで、親戚に金を貸してほしい、と頭を下げた。

冷笑された。この悔しさが、竹山さんを御本尊へと向かわせた。
飛び込んだ創価の世界には、信頼のまなざしがあった。
「無疑曰信(むぎわっしん)」(御書751ページ)という
仏法の真髄を、竹山さんは行動を通して体得していく。
   (聖教新聞)

注釈
無疑曰信とは『疑(うたが)い無(な)きを信(しん)と曰(い)う』
と読み、何があろうが紛動( ふんどう)されることなく、
どこまでも御本尊を信じて疑わぬ信心のこと。

第二につづく

平和の祈り 絵筆に込め、在日コリアンとして生きる まとめ
平和の祈り 絵筆に込め、在日コリアンとして生きる(1)
平和の祈り 絵筆に込め、在日コリアンとして生きる(2)

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posted by mity504 at 17:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 信仰体験
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