世界の体験プラーザ 差別・人種間紛争解決への教育を推進(1) - 聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

世界の体験プラーザ 差別・人種間紛争解決への教育を推進(1)

ウッジャーさん.PNG

世界の体験プラーザ
差別・人種間紛争解決への教育を推進(1)

内なる変革が社会変革の力に
ロンドン大学ゴールドスミス校講師

イギリスSGI デイビッド・ウッジャーさん


いじめに苦しんだ少年時代

生まれ落ちた時から、母を知らない。出生証明書には、
父に関する記述もない。生後3カ月で、
白人のウッジャー家にもらわれた。

19歳まで、イングランド北西部に住んだ。ここで、
絶え間ない人種差別の苦しみを味わった。
同年代の学童たちから毎日のように受ける差別発言、
いじめ、暴力に、周囲の教師たちは気づかない。

誰にも言えない、助けてもらえない。
孤独と、恐怖と、自己卑下を抱えながら、思うのだった。
「周りの子たちのように、はくじんだったら、、、」。
毎晩、泣きながら寝入った。

インド人を生母とする、デイビッド・ウッジャーさんは、
そんな少年時代を送った。「子供のころのこの苦痛、
苦悩は、青春期には、祭殿ない不満と怒りになっていた」
とウッジャーさんは言う。

怒りは、政治批判へと向かう。暴力こそは使わなかったが、
「大学でも、社会に出ても、どこでも私は、混乱を組織し、
リードする存在でした。」

社会科学と、ソーシャルワークの学士、修士号を取得。
次いで、コミュニティーワーカー(地域援助の専門職)
として、自治体で働くことに。

自分の”怒り”のもとである社会を、変えたかった。
「地域社会の権利を守り、不正義と戦うコミュニティーワーカー
は私にはぴったりの職業でした」

西ロンドンの黒人・少数派が住む地区が、その最初の仕事の場。
だが、すぐに上司と衝突。裁判に。職員の間で、大騒動になった。
裁判には勝ち、補償を得たが、心はむなしく、寂しかった。

1993年のこと。一人の先輩の仕事ぶりに目を見張った。
「白人なのに、黒人などへの差別問題に真剣に取り組み、しかも、
とても効率的、かつ持続的な方法で、感心しました」

その尊敬する先輩が、時折、イギリスSGI(創価学会
インタナショナアル)
の仏法の話をしてくれるようになった。

(聖教新聞 2016/06/27)

まとめ
世界の体験プラーザ 差別・人種間紛争解決への教育を推進(1)
世界の体験プラーザ 差別・人種間紛争解決への教育を推進(2)
世界の体験プラーザ 差別・人種間紛争解決への教育を推進(3)

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posted by mity504 at 18:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 世界の体験プラザ
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