戦後70周年 奇跡の将軍・樋口季一郎、動画 - 聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

戦後70周年 奇跡の将軍・樋口季一郎、動画

樋口季一郎.PNG

戦後70周年 奇跡の将軍・樋口季一郎

樋口季一郎中将はソ連から満州に逃れてくるユダヤ人2万人を
人道上の立場から救った。
米軍の攻撃からキスカ島に残る5000人の軍人の
の撤退に成功した。
戦後、ソ連軍が占守島を攻めてきて、
その戦いに勝利した。

一人でも多くの人に教科書では教えない
近代の歴史を知ってほしい。
そいう願いを込めてこの動画をお送りします。


昭和20年8月15日終戦、その3日後8月18日
ソ連軍が深夜就寝している時に
日本の領土の千島列島千守島に進攻してきた。

この時点で千守島は武装解除を半ば終えていた。
こういう状態下で進攻してきたソ連軍と交戦した。

この時、北海道本部には樋口季一郎中将がいた。
この報告を受けた樋口中将は断固撃退を命じた。

終戦になり、司令部からは武装放棄の命令が出ていたが、
現地では樋口中将は断固撃退を命じた。
自衛のためである。


日本がドイツや朝鮮のように分断されなかったのは、
日本軍がこの千守島を守りきったからだと言われる。

「ヤルタの密約」チャチル、スターリン、ルーズベルト。
戦後の日本領土割拠について、スターリン、ルーズベルトは
密約を交わしていた。それで

ソ連は北海道、東北までも占拠する野望があった。
これが実現していたら、日本も分断されていた。
もしくはソ連領土になっていただろう。

朝鮮は北はソ連、中国、南は米国が後押しして、
未だ分断されたまま。

ソ連は北方四島を現在もずる賢く占拠しいる。
戦後、兵器を破棄したばかりに日本兵はソ連の捕虜になり、
シベリアに送られ、死亡した日本兵多数。

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