八田與一 台湾の教科書に載っている日本人の物語 - 聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

八田與一 台湾の教科書に載っている日本人の物語

八田與一.PNG

八田與一 台湾の教科書に載っている日本人の物語

日本は1895年、日清戦争に勝利し、その後、
日本国として台湾を統治し始めました。

この当時台湾は貧しかった。
1945年、日本は太平洋戦争に敗れ、敗戦国になるまで
台湾を日本国として統治しました。

その間に日本は台湾の発展の基礎を築いた。
だから 台湾の当時を生きた体験者は日本語が話せます。

「八田與一 台湾の教科書に載っている日本人の物語」

では八田さんは何をやったのか。
当時、台湾1大きい嘉南平野は作物がほとんど獲れない
荒地でした。嘉南平野に農業を起こすには巨大なダムが

必要である。だから 八田與一さんは巨大ダムを困難を
乗り越え建設しました。

台湾発展に多大の貢献をした八田與一さんを
台湾の人々は現在でもあがめています。


烏山頭ダム 建設
1920年(明治28年)
烏山頭(うさんとう)ダム 建設始まる。
だだし 予算の半分は現地住人の負担。

1923年 関東大震災発生(大正12年9月1日)
予算削減のため日本人作業員解雇された。
現地の人々を残したのは八田さんの采配。

1930年(昭和5年)
この後、不毛だった嘉南平野は台湾1の穀倉地帯へと
開拓されていった。 



東日本大震災、あれから6年目になります。

東日本大震災、あの時、台湾からの義捐金200億円
を送られました。
この動画では八田さんを取り上げていますが、
台湾の人達が日本に協力的なのは、
八田與一さんだけの力ではありません。

台湾は50年の間日本国として、国全体が開発されていた。

日本国は八田與一さんが完成させた烏山頭ダムだけではなく、
教育、インフラ、産業、農業、すべてに関わり、
学校教育は日本語で行われていた。

50年にわたる日本の台湾への貢献を忘れてはならない。

日本は台湾を自国として、建設していたのだ。
それが戦後の台湾の成長に大きく貢献している。

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