世界の体験プラザ 人生を再び輝かせた妙法の力(1) - 聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

世界の体験プラザ 人生を再び輝かせた妙法の力(1)

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写真右上、シンポジュムで発表する辻さん
写真右下、ロックフェラー大学の校門で

辻さん3.PNG
大学内の研究室で実験に取り組む


世界の体験プラザ 人生を再び輝かせた妙法の力(1)

免疫学研究で世界的な成果

アメリカSGI 辻守哉さん ロックフェラー大学教授


酒とケンカの荒んだ生活


1958年元日、辻守哉さんは、医学研究者の父と教育者の母のもと、
東京で生を受けた。父の仕事の関係から幼少期をフランスで過ごし、
小学6年の時、広島へ。

高校時代には父と同じ医学の道を志すようになり、東京慈恵会
医科大学に進学。卒業後、東京大学大学院に進み、免疫学の
世界的権威だった故・多田富雄氏の研究室で学んだ。

博士号を取得後、87年、ニューヨーク大学へ。大学では医分子
寄生虫学の研究に没頭。20代から30代にかけて、順調な研究生活を
送り、39歳で大学の終身在職権(テ二ア)を取得することもできた。

周囲の人々にもてはやされるようになったが、その頃から辻さんの
人生には暗い影が落ち始めていた。40半ばまでに2度の離婚を経験。
空しさや寂しさが心を覆い、研究活動への情熱も次第に薄れていく。

「当時、精神状態がいつも不安定でした。もともと(酒を)飲むのが
好きだったこともあり、毎晩、ひたすら飲んでいました。学生時代に
アメリカンフットボールと陸上で鍛え、体力にも自信があったので、
バーで飲んではケンカばかり、、、」

健康面は悪化。血圧は200近くに達し、肝機能の数値も極端に悪かった。
「アンガー、(怒り)・アローガンス(傲慢)・アルコールという”
トリプルA”の問題に直面していました(笑い)」

そんな荒んだ生活だった2006年、あるレストランで一人の女性に出会う。
のちに妻となる由紀子さんだった。「彼女は店の従業員なのに、客の私に
飲ませてくれなかった。後で聞いた話では、私の身体を心配してくれたん
ですね」

このことが人生の転機になるとは、もちろん、当時は知る由もなかった。


妻に導かれ、信仰の道へ

”学会2世”だった由紀子さんは、創価女子短期大学を卒業後、渡米。
歌を教えるかたわら、両親の知り合いが経営するニューヨークの店で
働いていた。

彼女とは18歳の年齢差だったが、出会った時に人生を共にするように感じた。
07年6月、三重県にある彼女に実家を訪問。由紀子さんの両親、姉とその夫が
温かく迎えてくれ、和やかに語り合う中、話は日蓮仏法に及んだ。

辻さんは、信仰への抵抗感を拭えなかった。しかし「時がたつにつれ、
信仰への関心が自然と高まっていったんです」。7月8日、入会。
その日は、由紀子さんの誕生日でもあった。

アメリカSGI(創価学会インタナショナル)の活動に取り組み始めると、
信仰への認識は根底から覆されていった。さまざまな人種のメンバーが集い合う、
にぎやかなザダンカイに新鮮な感動を覚えた。弘教、一念三千、、、
初めて耳にする言葉に戸惑っていると、ニューヨークのメンバーの一人から
「本当に日本人なの?と言われました(笑い)」。

人生の伴侶となった由紀子さんの支えもあり、健康は回復。
それまでは荒れた生活で、顔はむくみ、目は充血、常に疲労感が漂っていたが、
それが嘘のように今は若々しい。
何よりうれしかっのは研究に再び輝きを取り戻せたことだ。

「題目を唱えると、アイデアが、どんどん浮かんでくる。私にとって唱題は
、研究のエネルギーであり、”知恵の泉”であると実感する日々です」

 第(2)につづく (聖教新聞)

 まとめ 
世界の体験プラザ 人生を再び輝かせた妙法の力(1)
世界の体験プラザ 人生を再び輝かせた妙法の力(2)

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posted by mity504 at 12:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 世界の体験プラザ
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