信仰体験、見てごらん!伸び伸び育つ子どもたちを、奄美の子 - 聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

信仰体験、見てごらん!伸び伸び育つ子どもたちを、奄美の子

奄美大島.PNG
子どもと遊ぶ時も、本気で遊ぶのが”ヨリ姉”(中)
のスタイル。島の大自然を思い切り楽しむ


信仰体験、見てごらん!伸び伸び育つ子どもたちを

人の子も わが子も同じ 奄美の子

【鹿児島県・宇検村】鹿児島市から南へ約380キロの奄美大島。
島の最西端で「親子山村留学制度(メモ)」の導入に踏み切った
地域がある。中心の一人となって奔走する中島頼子さん(62)
=戸田支部、婦人部副本部長。
通称”ヨリ姉(ねえ)”。学校存続の危機から一転、地域に子供たちの
元気な声が戻ってきた、、、。

メモ 「山村留学」とは、都市部の小中学生が地元を離れ、自然豊かな
農産漁村で暮らしながら、そこの学校に通学する「体験型」の教育制度。
1976年(昭和51年)に長野県八坂村(現・大町市)で始まり、過疎地を
抱える自治体など全国各地に広がった。阿室小中学校の「親子山村留学」
は、親子での移住が条件。


”ヨリ姉”の「山村留学」奮闘記

母校を守ろう

キーンコーン、カーンコーン、、、。
阿室小中学校の授業の開始を知らせるチャイムが、家にいても、
はっきり聞こえてくる。

ヨリ姉の自宅は、学校の正門前にある。鐘の音も、子供たちの
元気な声も、生活の一部。自宅の隣で30年以上、美容室を
営みながら、登下校する子供たちの安全と成長を、来る日も来る日も
見守り続けてきた。

そんなヨリ姉に付けられた、もう一つの呼び名は「門番」、、、。
「誰が言い始めたんだかね(笑)」。その明るい表情は、まんざらでも
なさそう。
かって、500人ほどが通っていた阿室小中学校の児童生徒数は、
過疎化や少子化などの影響により、年々減少し、同校は存続の危機に
直面した。

「母校を守ろう!」実情を知った住民たちは2009年(平成21年)
児童生徒の増加を目的とした「活性化対策委員会」を設置。
打開策の一つが「親子山村留学制度」である。

少人数学習による学力向上、自然との触れ合いを通じた豊かな
人間形成などを特色に掲げ、翌年、導入した。

そして  同委員会の事務局長に、ヨリ姉が推薦された。
長年、学校で読み聞かせを推進する「親子読書会」代表を始め、
PTA会長、民生委員、地域行事の運営や近隣清掃など、
数々の役回りを引き受けてきた信頼と経験を買われてのことだった。

「山村留学」の言葉すら知らなかったヨリ姉が、”人のために尽くすのが
学会精神。愛する島のために、何が何でも軌道にのせよう”と、
挑戦を始めた。


頼られる子に

”頼られる子に育ってほしい”。ヨリ姉の名前は、両親の願いが込められ、
「頼子」と名付けられた。だが青春時代は、「クラスでもそんな存在
ではなかった」という。信心に出会うまでは、、、。

奄美大島を離れ、高校卒業後、美容師になるため、単身上京。
理想と現実の違いに悩みながら、東京や神奈川の美容室で働いた。
ある日、客から信心の話をされた。

”自分を変えたい”と、1980年(昭和55年)、26歳で創価学会に
入会する。2年後、埼玉で開催された第2回「世界平和文化祭」に、
華冠グループ(美容関係に携わる女子部の集い)の一員として、衣裳製作
に携わることに。

池田SGI会長出席のもと、大成功で終えた感動は、何物にも
代え難かった。”人の役に立てることが、こんなにもうれしいなんて!”
その後、自分を育ててくれた島のため、留守の間、両親を支えてくれた
村のために、少しでも恩返しがしたいと、86年に帰郷。

奄美大島に戻ってからは、美容室を開き、3人の子育てに奮闘した。
9年前、最愛の夫に先立たれたが、涙を拭い、懸命に題目を唱えながら、
支部婦人部長の使命を果たし抜いた。

どんな時でも人のために尽くしてきた人生。それは”一人を大切にする心”
を育んでくれたと思い感謝する。だからこそ、、、。
「きゅら(美しい)島へ、ようこそ!」

はるばる体験留学で来島した親子を、ヨリ姉は満面の笑みで迎える。
空港から片道約3時間。緊張を和らげようと、車中、楽しい話で盛り上げる。
親子で移り住むのは並大抵の決断ではない。

縁もゆかりもない地では、どんなに心細いだろう。
ヨリ姉は頻繁に食事会を開いては、”家族の一員”として振る舞った。
心もフル回転させながら、一組一組、誠実に受け入れていった。


農水省の「絆づくり」優良事例に選定

「母は太陽」

「人の子も わが子も同じ 奄美の子」。代々受け継がれてきた教育精神が
島の人々の生活に深く根付いている。ある年、留学生の中に、わんぱくな
男の子がいた。暴れだすと手が付けられない。

母親の腕には複数の歯形が、、、。東京にいた頃は、学校になじめず
不登校だったという。

ヨリ姉は母親に語り掛けた。「大丈夫、大丈夫。子どもは世の中に交ざって
、人と触れ合って成長するの。みんなで関わっていけば、あの子は
あの子らしく、真っすぐに育つから」みんなで育てよう、、、。

その優しさに母親の心は軽くなり、救われる思いがしたという。不安だった
表情に少しずつ笑顔が戻ってきた。「そう、母親がニコニコしていれば、
子どもはそれだけで幸せを感じるものよ」

ヨリ姉の胸には、SGI会長の「母は太陽」との指針が深く刻まれている。
だから、”お母さんがいつも明るく元気でいられる”ことに、
最大に心を砕く。

皆で温かく見守る中で、男の子は徐々に落ち着きを取り戻し、登校し始めた。
以来、無遅刻・無欠席の皆勤賞。

阿室小中学校の鎌田卓生校長は語る。「ここは、”地域の教育力”
がとても強い校区です。校庭の石拾いや木々の剪定などの奉仕作業に、
校区に住む約8割もの住民の方が来てくださいます。

中でも、ヨリ姉は、何をするにも本当に丁寧で熱意があって、人に尽くす
手本のような存在です」

家庭、学校、地域 三位一体の取り組みが功を奏し、活性化対策委員会の
「親子山村留学」活動は、農林水産省の2011年度「食と地域の『絆』
づくり」の優良事例に、選定された。

制度導入から7年がたった今、7人だった児童生徒は約3倍の20人に
(9月1日現在)。そのうち半数以上が留学生だ。
ヨリ姉は昨年、事務局長を後進にバトンタッチした。
サポートに回りながら、きょうも学校の前で、子供たちの姿を見守る。

「見てごらん、伸び伸び育つあの子たちの姿を」。そう語るヨリ姉の
笑顔は、南国の太陽のようにまぶしく輝いていた。
 (九州支社編集部発)

     (聖教新聞、2016/09/28)

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posted by mity504 at 11:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 信仰体験
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