信仰体験、後縦靭帯骨化症(OPLL)を乗り越え(2) - 聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

信仰体験、後縦靭帯骨化症(OPLL)を乗り越え(2)

大田和子2.PNG
地域の同志と共に広布に歩む大田さん(中)。
「学会活動が元気の源です!」



信仰体験、後縦靭帯骨化症(OPLL)を乗り越え(2)

悩んでいる人を放っておけない

県の「脊柱靭帯骨化症友の会」会長として希望送る


形となり

99年3月。大きな手術を前にしても、不思議と不安はなかった。
病を乗り越えてきた、同志の顔が思い浮かんでいたからだ。
それが、何よりの励ましとなり、背中を押されているような
気がした。

後縦靭帯骨化症の手術は、脊髄が収まっている脊柱管を形作っている
椎弓を開いて広げ、神経の圧迫を取り除く方法(椎弓形成術)
が用いられることが多い。

だが、大田さんの場合、前方固定術と呼ばれる、難易度の高い手術が
施されることになった。首の前側を切開し、頚椎を構成している椎体と、
骨化している後縦靭帯が切除された。

そして椎体があった部分に人口骨を移植。難手術は成功した。
とはいえ、骨化により圧迫され、傷ついた神経根は簡単には回復しない。
痛みが和らぐまでには、5,6年の歳月を要する。

特に、寒さの厳しい冬場は、右手がしびれ、苦痛に顔をゆがめた。
一日も早く、自由に体が動くようにと徹して祈り、学会活動に励む
日々が続いた。

手術から1年が過ぎたある日。何げなく新聞を開くと、「脊柱靭帯骨化症
友の会」発足の記事が目に入った。大田さんは、近所で開かれていた
その集いに駆け付け、訴えた。

「私でよければ、お役に立てるかもしれません」この出会いがきっかけとなり、
「友の会」発足に携わるように。幹事として活動を始めると、
同じ病に苦しむ、多くの人との出会いが待っていた。悩んでいる人を
放っておくことはできなかった

”少しでも、不安や苦悩を取り除いてあげたい”と、活動に力が入った。
信心を始めたばかりのころ、”私も悩んでいる人のために!”
と誓ったことが、形となって身を結んだ。


”心の炎”

2013年、友の会の会長に就任した。東京の大学病院で行われる、厚生省
難治性疾患克服研究班の会議にも参加。さらに、2か月に1度、
会のメンバーとの交流の機会を設けている。

交流の場には大切なテーマがある。<話を聞いてくれる仲間がいる。
それだけで悩みは半減し、喜びは倍加。一人で悩まないで>。
病の症状や新たな治療薬について、貴重な情報交換の場ともなっている。

「元通りに体が動くかどうか、不安なんです」。メンバーから打ちあけられる
悩みを誠実に聞くことから始める。そしてその人の苦悩を心にとどめ、
共に病に立ち向かう思いで、日々の唱題に力を込める。

「私自身が一人一人のこと、真剣に祈らなきゃ!」一番の喜びは
「元気になった」「回復しました」というメンバーからの報告。
「この笑顔に出会えるから、困っている人がいれば、放つておけない。
力になりたいの」

入会から30年。病になり、経済苦に見舞われたこともあった。
だが、信心でともした、”励ましたい”という”心の炎”
が消えることはない。

「病気になったから、たくさんのことを学べました。人の痛みを、
少しでも分かろうとする自分に変われた。信心していなかったら、
こんな生き方はできなかったと思います。だから、燃え尽きるまで
頑張らなきゃ(笑い)」

悩める友のため、きょうも大田さんの全力の一日が始まる。

 おわり (聖教新聞、2016/09/30 Fri)

まとめ
信仰体験、後縦靭帯骨化症(OPLL)を乗り越え(1)
信仰体験、後縦靭帯骨化症(OPLL)を乗り越え(2)

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posted by mity504 at 17:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 病気・闘病体験
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