信仰体験 生きる喜び 「急性心筋梗塞」と闘って(2) - 聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

信仰体験 生きる喜び 「急性心筋梗塞」と闘って(2)

河村さんと仲間.PNG
「たくさんの同志の祈りのおかげで、今があります」
と河村さん(中央)


信仰体験 生きる喜び 「急性心筋梗塞」と闘って(2)

蘇生の力証明したい

この命で恩返しの人生を


もう一度!


5月3日。大きな変化が。見舞いに訪れた兄弟たちを前に、川村さんが
声を発した。「何であんたたちが、ここにおるん?」

「お父さん、しゃべれた!」。喜びが家族を包む。この日を境に
劇的な回復を見せ始めた。
1週間後。こぶしを突き上げた、自らの姿を動画に収めた。

”元気になって帰ります!”との決意を込めて。
同志への、精いっぱいの”返事だった。”リハビリは続いた。
「100引く7は?」「この動物の名前は?」

記憶障害により、簡単な計算ができなくなり、物の名前も
思い出せなかった。倒れる前の日から、川村さんの記憶は途絶えていた。
それでも、「南無妙法蓮華経」は忘れなかった。

振り絞るような声で題目を唱え続けた。あの日から、皆が懸命に回復を
祈ってくれたことを知った。池田SGI会長からの真心の伝言に
胸が熱くなった。師の指導を何度も読み返した。

<病によって、仏法を求める気持ちが強くなる。発心できる。
そして、宿命を転換していくことができる>
”もう一度、同志の皆さんと、先生と戦いたい”そう思うと、
力がみなぎった。

たぐり寄せるように記憶を取り戻し、読み書きや会話も少しずつ、
できるように。「妙とは蘇生の義なり」(947ページ)
の御聖訓を証明しようと、リハビりに熱が入った。

6月17日。たくさんの病院スタッフに見送られ、退院。
医師は「ここまで回復できたことは奇跡です」と舌を巻いた。

帰宅すると真っ先に田んぼへ向かった。緑色の苗が一面に広がる光景に
目を疑った。「河村さんのためなら」と、近所の農家が快く田植えを
買って出てくれたのだ。感謝しかなかった。

9月。稲刈りの日は河村家にとって、一年で最も大切なイベント。
病と闘ったこの年も、稲穂はしっかりと育ってくれた。
後遺症のため手足が震え、時間はかかったが、家族に支えられ、
収穫を終えることができた。

感謝の証し

”恩返しの人生を生きよう”と、地域で奮闘した。河村家は義母・
組子さん(83)=婦人部員=の代から続く畜産農家でもある。
かっては、「創価学会に入っとるんやったら、この地域から
出て行ってくれ」と心無い言葉を浴びたこともあった。

だが河村さんは、「地域の友を大切に」との師の言葉を胸に、地道な
交流を続けた。それが実を結び、自治会の会長として選出されるなど、
なくてはならない存在に。

11年から4年間、自治会役員として地域の友のために尽力した。
人に尽くす人生を、もう一度歩める喜びが、河村さんの心に溢れた。
自宅にある30畳の仏間、あの時、支部の同志がエールを送ってくれた
会場の一角に、毎日の聖教新聞が、きれいに整頓されていった。

「これね、病気をしてからの日課なんです。隅から隅までしっかり
読んだ後、一日の唱題の目標が完遂できたら、置くように
しているんです。妻にはあきれられとるんじゃけどね(笑い)。

”今日も明日も、先生のため、学会のために生きる人生を送ります”
って、誓いをこめて」と。「もう一度、頂いた命じゃから。
もっと恩返しをしないと。まだまだ人間革命の途中だからね」。

河村さんの背丈を超えるほど積み重なった新聞は、自身の”感謝と
決意の証し”だった。

 おわり (聖教新聞、2016/10/20)

 まとめ
信仰体験 生きる喜び 「急性心筋梗塞」と闘って(1)
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posted by mity504 at 16:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 病気・闘病体験
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