信仰体験、運送会社を設立し36年 74歳の現役女性社長(1) - 聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

信仰体験、運送会社を設立し36年 74歳の現役女性社長(1)

近棟さん.PNG
「おかえり。えらかった(大変だった)じゃろ」
「がんばっちょるね」。ドライバーが帰ってくると、声を
掛けていく近棟さん。1台からスタートしたトラックは
17台に。敷地も3倍の3300平方メートルに発展


【山口県防府市】青紫が特徴の10トントラックが敷地内にずらり。
ピカピカに磨き上げられたフロントガラス。アルミ製の荷台の
側面には、「有限会社近棟運送」の文字。ここで働く誇りを胸に、
ドライバーたちは、配達を終えるとすぐに洗車を始める。
近棟道子さん(74)=牟礼支部、支部副婦人部長=が亡き夫と、
トラック1台から立ち上げた運送会社は今、10トントラック17台、
従業員20人を抱えるまでに。夫婦の夢を載せ、トラックはひた走る。


信仰体験

走りゆけ!
広布開拓の旗をなびかせて

運送会社を設立し36年 74歳の現役女性社長(1)
白ゆりの詩

トラック1台


〈同社の会長である近棟さんは、年齢を感じさせない若々しさで、
今も毎日、出勤する〉

といっても、私の仕事は、毎日の銀行回りと帳簿のチェックくらい。
社長を長男が、専務を次男が務めてくれています。
私の一番大事な仕事は、ドライバーの無事故を祈ること。

17人の運転手の名前と車のナンバーを紙に書いて、御本尊に祈ります。
午前4時半に起きて、食事を挟みながら10時半まで。
それから事務所へ出社。従業員は、みんな真面目でいい子たち。
一所懸命働いてくれ、「お母さん、お母さん」と慕ってくれます。

〈創価学会に入会する前は、貧乏のどん底だった。夫は「飲む・打つ・
買う」の道楽ざんまい。そんな時、雑貨店を営む夫の実家で
「聖教グラフ」(「グラフSGI」の前身)を目にした。

店の常連客が置いていったものだった。近棟さんは、信心で一家和楽を
実現した体験や誌面に写る人たちの充実した表情に、「これだ!」
と思った。1963年(昭和38年)、信心を始める〉

けど、夫は信心に猛反対。よく言われたんは、「拝んでワシを
食べさせてみい」という言葉。私も負けじと、”夫が真面目に働いて
ほしい”と祈りに祈りました。


当時は、実家の離れに親子4人暮らし。”いつかは一軒家に”とも
思いながら、昼は道路工事に汗しました。
オート三輪が砂ぼこりを上げて駆け抜ける道を、つるはしを手に、
もんぺと長靴を履いてね。

そんな私の姿に、夫は感じるところがあったんでしょう。2年後に入会。
題目を唱えるようになると、打って変わったように真面目に働くように
なってね。信心というのは本当にすごい!絶対に変われるんよ。

〈コンクリート製品の加工会社で夫婦一緒に働き始める。だが数年後、
会社が倒産。
その後、岡山の製紙会社が、段ボールを配送する仕事の従業員を募集
していると聞き、意を決して4トントラック1台を購入。
75年、運送業を始めた〉

経営が徐々に安定してくると、今度は10トントラックに買い換えました。
夫と段ボールを積んでは、フェリーに乗って愛媛県へ。
段ボールを降ろすと、帰りは、広島の工場でれんがを積んで戻ってくる日々。

4個1束のレンガが500束を、手で積み降ろすんです。それが終わると、
ペンを持つ手が震えて伝票に字が書けないほどパンパンになってねえ。
それでも若かったし、必死だったから、つらいなんて全く思わんかった。

けど、会合に出たくても出られんかったことは、つらかったね。
池田先生が防府に来られた時(77年)もお会いできんかった。だからよく、
夫が運転する横で、私が「大百蓮華」を声に出しながら、”夫婦座談会”
をやったもんです。

先生の指導を命に染込ませる思いで、何度も読みました。

 (聖教新聞、2016/10/08)

 第2につづく

 まとめ
運送会社を設立し36年 74歳の現役女性社長(1)
運送会社を設立し36年 74歳の現役女性社長(2)

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posted by mity504 at 15:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 信仰体験
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