ターニングポイント 急性骨髄性白血病からの蘇生劇(1) - 聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

ターニングポイント 急性骨髄性白血病からの蘇生劇(1)

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ターニングポイント 急性骨髄性白血病からの蘇生劇(1)

俺にしか救えない人がいる!


”宗教なんて、俺には必要ない。自分の力で、どうにでもなる”。
学会3世の鈴木優麻は、ずっとそう思い続けてきた。高校から始めた
ラグビーでは「花園」(全国大会)に出場し、東京代表にも選ばれた。

卒業後は美容専門学校に進み、国家試験に難なく合格。
2004年(平成16年)から美容師として、働き始めた。順風満帆。
自信しかなかった。”いよいよ、これからだ!”という時、優麻の体に
異変が生じる。

 06年8月。突然、倦怠感や歯茎の痛みに襲われた。総合病院で血液検査を
受けると、医師から想像もしない病名を告げられる。
「急性骨髄性白血病です。直ちに入院してください」。言葉を失った。
”うそだ、何で俺が、、、”。

病室で泣き崩れた。「大丈夫、絶対に治るから!」。母・和子さん(61)
=白ゆり長=の言葉も耳に入らないほど、絶望の淵に沈んだ。
その日から抗がん剤が始まった。「一日中、嵐の中で船に揺られてい
るような」目まいと吐き気。

 髪は抜け落ち、40度を超える高熱が続く。”もう、死を待つだけ
だ、、、”。いざ試練に直面した時、いかに自分が無力であるかを
思い知らされた。そんな優麻の元へ駆けつけてくれたのが、
男子部の部長だった。

 今まで家に訪ねて来ても、あまり相手にしてこなかった人。
それでも、先輩は見捨てなかった。「優麻は、願ってこうなって
いるんだよ。優麻もまだ知らない何千、何万もの人たちに、信心の
すごさを証明するために!」。

正直、意味不明だった。だが、単なる同情とは違う何かを感じた。
”俺にしか救えない人がいるのか、、、”優麻はベッドの上で、
初めて題目を唱え始めた。

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「自宅で再現できるスタイル作り」をモットーに、幅広い知識と
高い技術で顧客に合った髪形を創り出す鈴木さん(左)


 病魔との一進一退の攻防は続いた。「治療開始から10ヶ月後には、
薬の効果がなくなります」と医師。骨髄移植のためのドナーを探すも、
優麻の白血球の型(HLA)に合致する人は、なかなか見つからない。

焦りが募る中、母が知人を介して会わせてくれたのが、吉沢健一朗さん
(39)=東京都豊島区在住、男子部ニュー・リーダー=だった。
優麻と同じ22歳で急性骨髄性白血病を患い、当時では症例数が
すくなかった「さい帯血移植」で病を克服。

06年2月に、本紙「体験ページ」に掲載された人だった。
「あの薬、本当につらいよね」。痛みを共感でき、同じ病を克服した
”生き証人”の存在が、どれほど大きな希望となったことか。

別れ際。「この信心って、本当にすごいよ」。何げなく放たれた一言が
、優麻の心に深く染み渡った。
”吉沢さんみたいに、誰かの希望になる自分になってみせる”。
その時から、優麻の祈りが変わった。それは同時に、自らの使命を
自覚した瞬間だった。

「青年よ、いかなる人生劇場においても、出演者たれ」 池田先生の
『人生抄』につづられた一節が、優麻の心を奮い立たせる。
”どんな苦しみだって、受けて立つ!御本尊のすごさを証明してやるんだ!”

 第2につづく (聖教新聞 2016/11/20 日)

まとめ
ターニングポイント 急性骨髄性白血病からの蘇生劇(1)
ターニングポイント 急性骨髄性白血病からの蘇生劇(2)

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posted by mity504 at 17:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 病気・闘病体験
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