世界の体験プラザ キューバ屈指のバンドで活躍(1) - 聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

世界の体験プラザ キューバ屈指のバンドで活躍(1)

キューバ屈指のバンド 1.PNG
情熱的なギター演奏で観客を魅了する


世界の体験プラザ キューバ屈指のバンドで活躍(1)

目標を達成する力は自分の中にある

永く愛される音楽を残したい

 キューバ創価学会 アレハンドロ・インファンテさん

運命的なギターとの出会い


 キューバの音楽シーンで今、不動の人気を誇るバンドが「クバ・リブレ
(自由なキューバ)」だ。結成は2000年。ロックやレゲエ、ラップ、
キューバ音楽などを融合させた自由で新しい世界観は、キューバの
若い世代から圧倒的な支持を受けている。

 アレハンドロ・インファンテさんは08年からこの「クバ・リブレ」に
迎えられ、ギタリストと音楽ディレクターを務めている。1987年、首都
ハバナの生まれ。「未婚の母」であった母親は働きに出て家計を支え、
叔母が愛情豊かに彼を育ててくれた。

90年代、まだキューバ全体が経済的に苦しい中、母親は彼に絵を
習わせてくれた。

 絵が好きになり、工芸系の高校に進学していたインファンテさんが、
友人から一本のアコースティックギターをもらったのは17歳の時だった。
近所のおじさんに手ほどきを受けながら、次第に音楽にのめりこんでいく。

とりわけ魅了されたのがロック。「神様」といわれたギタリストの
ジミ・ヘンドリックスにすっかり心酔した。

 高校卒業後、本格的にミュージシャンへの道を歩み始める。
エレキギターを教わりたいと思っていた2007年、人を介して紹介されたのが、
まだ大ブレークする前の「クバ・リブレ」を率いていたカルロス・
ディアスさんだったのだ。
クバ・リブレ.PNG
「クバ・リブレ」のメンバーたち(右から3人目が
インファンテさん。左から4人目がディアスさん)


毀誉褒貶に流されない人生

 インファンテさんが参画した数年後、「クバ・リブレ」は全国区の
人気バンドになる。人気に比例してお金も入ってきた。

「どんどん生活も乱れ、退廃的な生き方になりました。でもロック
ミュージシャンはそれでこそカッコイイと思っていたので、何の
疑問も抱かなかったのです」 

 アルコール、夜通しのパーティー、異性問題……。”スターはこれが
当たり前”という意識だった。08年に結婚していた妻とも破局した。

 
 そんな彼に日蓮大聖人の仏法を教えてくれたのは、バンドのボーカルを
務めるマルガリータ・モラレスさんだった。

「最初は、題目を唱えるという行為が不可解に思えました。でも、
実際に唱題をしてみて、心が晴れ、自分に対する感じ方が全く変わって
いったことは不思議としか言いようがありませんでした。
そこから真剣に仏法について研さんしたい、と思うようになったのです。」

 毀誉褒貶に侵されない生き方こそ、賢人であると示された大聖人の
「四条金吾殿御返事(八風抄)」(御書1150ページ)を学び、これまでの
生き方を猛省した。

「自分の目標を達成していく力は、自分の中にある。このことを理解して、
”過激さ”に溺れる道から離れることができました」

 第2につづく

 『聖教新聞 2017/01/01(日)』

まとめ
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posted by mity504 at 16:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | 世界の体験プラザ
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