グローバル ウオッチ 世界を見つめて 若者と希望(1) - 聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

グローバル ウオッチ 世界を見つめて 若者と希望(1)

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アメリカで信心に励む母と心を通わせ、ジョーさん(右)
は今、日本に住む父とも交流を。妻・留美さん(左)
と共に、長男・里玖君へも「信心の歓喜をシェアしたい」と。
ロサンゼルス出身。両親の離婚に伴い少年時代は多くの悩みを。
2006年に入会。今年で来日10年目を迎える。
32歳。古市勇翔支部、男子部部長。


グローバル ウオッチ 世界を見つめて 若者と希望(1)

 家族をつなぐ力、ここに。

 大阪市城東区 ジョー・ケマナイ

 父になったLA(ロサンゼルス)育ちの日系人

 ”種のるつぼ”ロサンゼルス(LA)で生れた。父は日本人とロシア人
のハーフ(ダブルとも呼称)、母は日本生まれの韓国人。
離婚後、母は朝から晩まで働き、姉とジョーを育てた。幼い頃はベビー
シッターに預けられ、小学校の1年間は里親の家で過ごしたこともある。

 LAは、地域ごとに多数を占める人種が異なり、治安は道一本を隔て、
天と地ほど違った。市内で転居を繰り返すたび、付き合う友人も変わる。
小学生の頃はヒスパニック(中南米出身者)と、中学ではアジア系の
仲間と、高校は「クールな白人たち」の中へ。

 ギャングの子どもとけんかに明け暮れもすれば、リッチな白人仲間と
ホームパーティーにも興じた。人種間の格差や、目に見えない差別を、
肌で感じて育った。

強がっていたが、心の中はいつも”空っぽ”。母のことも憎かった。
「もっと一緒にいて、愛してほしかった」

 高校を卒業すると、アメリカ社会では自立することを求められる。
運送会社で朝から晩まで働いた。クタクタに疲れ、ようやく自分を
見つめる。

”俺は何のために生きているのか……”。ルーツを求め日本へ。
禅など瞑想を試すも、答えは見つからなかった。

 その後、LAに戻り、カラテ道場の師範から仏法の話を聞く。母は友人の
勧めで、以前からSGIに入会していたが、自分は一編の題目も唱えたこと
がない。

母の居ない日、そっと御本尊の前に座った。喜びが内側からあふれてきて、
気付けば6時間、唱題を続けていた。祈るうちに、母の顔が浮かぶ。
信心根本に仕事に励み、経済革命を成し遂げ、一家を守ってくれた母。

 ”これまで、ママがどれだけ苦労してきたか……”憎しみが感謝に
変わった。2006年(平成18年)、21歳で入会。
学校に通い、努力を重ね、救急隊員となった。

 だが、母の苦労が本当に分かったのは、再び来日してから。
08年、もっと信心を学びたいと、”常勝関西”の地へ。当初、日本語が
話せなかった。

フィリピン人、中国人、ネパール人と共に、ホテルで清掃の仕事を。
生活は困窮し、パンと蜂蜜だけで数週間、飢えをしのいだこともあった。

最後は信心しきった者が必ず勝つーーー男子部の先輩と日本語で学んだ
池田先生の指導が、心の支えに。そして思った。
”ママも祈り抜いて、強い心で、俺たちを育ててくれたんだ”

 必死に働き、5年後、英会話講師の職に就く。知り合った外国人に
弘教も果たす。仏法対話の場に同席したのが妻・留美さん=白ゆり長=
だった。

 今、何かにつけて、ジョーは息子をハグする。(抱き締める)
それは、「生まれてきてくれた息子への感謝を表す」習慣であり、
「自分を生んでくれた母や父の存在を感じる」瞬間でもある。

 第2につづく『聖教新聞 2017/02/26(日)』

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posted by mity504 at 12:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | グローバル ウオッチ
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