『炎の東京大会』60年 師弟凱歌の旭日を昇らせよ(2) - 聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

『炎の東京大会』60年 師弟凱歌の旭日を昇らせよ(2)

東京大会 4.PNG
「東京大会」に続々と集結する参加者
約4万人の友が集った


『炎の東京大会』60年 師弟凱歌の旭日を昇らせよ(2)

 勝負決した正義の獅子吼

 大会に参加して 台東区婦人部主事 湯川 藤江さん

 「東京大会」の当時、私は入会3年の女子部員。
その頃、池田先生が戸田先生から薫陶を受けた”戸田大学”の講義を、
共に受けさせていただく機会がありました。

 戸田先生の真正面に池田先生。お二人が話し始めると空気が一変
します。私たちは邪魔にならないよう心掛けました。

 池田先生は姿勢を正され、メモは取られず、「ハイッ! ハイッ!」
と、戸田先生をじっと見て返事される。”師匠の全てを吸収するぞ”
という気迫がみなぎっていました。

 空気はビリビリして、咳を必死にこらえたのを覚えています。
師弟の峻厳さを目の当たりにした思いがしました。

 池田先生が逮捕されたと聞いて、”早く出てきてください”と
祈りに祈りました。誰の目から見ても無実は明らかなんですから。
先生に万が一でも何かあったら、これからどうなってしまうのか……。

 先生の逮捕が学会にとって一番の痛手になる。だから狙われていたの
だと思います。戸田先生は弁護士に憤慨しておられました。

 ”即刻だせ!そうじゃないと大の体はダメになる”。尋常な怒りでは
ありません。親以上の心です。


東京大会 5.PNG
横暴な権力への怒りが燃えた「東京大会」。「7・12」は
「総東京婦人部 幸福・勝利の日」「総東京青年部の日」
である


 「東京大会」の前日、”蔵前の国技館に集まれ”と連絡が。電話も
少なく、隣の隣の家から呼び出してもらうような時代です。
電報での連絡も多かった。

 7月12日は、午後から雨が降り続いていました。浅草橋から会場の
国技館まで、水たまりがいっぱい。

 その日まで、私は国技館を見たことがありませんでした。周囲に
テレビはなく、相撲はラジオでしたから。人だかりを追ううちに
会場につきました。

 交差点を曲がると、歓声が「ワーツ!」。国技館が揺れているよう
でした。

 戸田先生は体調を崩されていましたが、この日はとてもお元気でした。

 壇上で”(池田先生を)早く出せ!”と一喝。戸田先生の正義の
獅子吼によって、勝負が決したのだと思います。

 「そうだー!」「行くぞー!」と、会場の参加者の気迫もすさまじ
かった。全員で大阪に乗り込むような勢いでした。

 17日に池田先生は釈放されますが、裁判はずっと続きます。
大阪への移動は夜行列車の時もありました。全ての行事を終えてから、
先生は列車に乗られる。

 でも先生はいつも、朗らかなんです。「これから大阪に行くんだよ」
って。

 時間がたてばたつほど、あの時の思い出は深く、重みを感じます。

 おわり 【聖教新聞 2017/06/21(水)】

 まとめ
『炎の東京大会』60年 師弟凱歌の旭日を昇らせよ(1)
『炎の東京大会』60年 師弟凱歌の旭日を昇らせよ(2)


posted by mity504 at 12:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 大会・会合
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