不敗の原点「大阪大会」60周年記念特集(1) - 聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

不敗の原点「大阪大会」60周年記念特集(1)


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赤レンガの壁と緑のドーム屋根が特徴的な
中之島の「大阪市中央公会堂」。
数々の関西広布の節目を飾る舞台となってきた。


 師弟こそ仏法の真髄なり
不敗の原点「大阪大会」60周年記念特集(1)

信心しきったものが必ず勝つ


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「大阪大会」であいさつに立つ池田先生。”信心しきったもの
が必ず勝つ”との師子吼は、関西の不敗の誓いとなった。
(1957年7月17日、中之島の大阪市中央公会堂で)



きょう7月17日は、1957年(昭和32年)に中之島の大阪市中央公会堂で
「大阪大会」が行われた日である。この時の”戦いは負けたらあかん”
との「関西魂」は今、世界に輝き広がる。

ここでは、「不敗の原点『大阪大会』60周年記念特集」として、関西
婦人部の代表の証言を交え、その精神を確認する。

 大阪市の関西池田記念会館に「師弟常勝之碑」がある。碑文は、
「大阪大会」50周年の2007年(平成19年)7月、池田先生が関西の共に
贈ったものだ。

その冒頭は「師弟こそ 仏法の真髄にして 最極の魂の結合なり」と。
創価学会は、「師弟」という深い人間の絆で結ばれた団体である。
ここに、権力の不当な弾圧にも屈しない強さの源泉がある。

 60年前、権力に魔性が牙を向いた。「大阪事件」に、関西は負けな
かった。師と共に迫害を堂々と勝ち越えた。関西の友が満天下に示した
のは、「師弟」の底力にほかならない。

 1957年(昭和32年)7月3日、池田先生は事実無根の冤罪で、不当逮捕
された。発端は、3ヶ月前の参院選(大阪地方区の補欠選挙)にさか
のぼる。一部の会員が起こした選挙違反を、池田先生に強引に結び付けた
のである。

 この逮捕までに、警察と検察は、学会員に威圧的な取り調べを行った。
 
 当時、女子部班長だった林智栄子さん(関西婦人部総主事)。参院選
から数日後、刑事が自宅に来た。戸別訪問の容疑だという。
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林智栄子さん
 連日、朝から晩までの取り調べ。刑事は「誰の指示で動いた!」
問い詰めた。戸別訪問などしていない林さんは、否認し続けた。

 
 その後、取り調べは大阪地方検察庁へ移った。そこでは、複数の検事
に取り囲まれた。

ある時には、検事が池田先生の写真を手に、「知ってるやろ」と
恐ろしい剣幕で詰め寄ってきた。
 その激しさは、林さんの頭をもうろうとさせ、”私、悪いことしたん
やろか”と錯覚させるほどだった。

「罪もない人を陥れようとする。権力の怖さを心の底から感じまあした」
池田先生が不当逮捕されたのは、この取り調べから一ヶ月半ほど後の
こと。

「先生の逮捕を聞いた時は”私の取り調べでさえ、あれだけ問い詰められ
たのに、どれほど先生は責められてしまうのか”と不安で仕方ありません
でした」

池田先生は逮捕から5日後の1957年(昭和32年)7月8日、大阪拘置所に
移監された。

 この日、検事は2人がかりで夕食も取らせず、深夜まで取り調べを続
けた。

 9日、検事は「罪を認めなければ、学会本部を手入れし、戸田会長を
逮捕する」と恫喝した。

 すでに恩師の体は衰弱しており、逮捕は生命の危険にも結び付きか
ねない状況だった。

 獄中で一人、煩悶を続けた先生は、恩師の身を案じ、法廷で真実を
証明することを決断したのである。

      ◇

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「大阪大会」60週年を記念して行われた「関西勝利大会」。
今再びの常勝の大行進を誓いあった。(10日、同公会堂で)


57年7月17日の正午過ぎ、池田先生は大阪拘置所から出所。多くの再びの
関西の同志が歓喜して出迎えた。先生はつづっている。
「私の投獄を、わがことのように心配し、悲しみ、憤った、関西の
同志たち。私は、その真心への感謝を、絶対に一生涯忘れることは
ないだろう」

 午後6時、場内と場外合わせて約2万人の友が集まり、中之島の
大阪市中央公会堂で「大阪大会」が開会した。

 しばらくすると、空を厚い雲が覆い始めた。横暴な権力に対する
諸天の怒りであるかのごとく、豪雨が地面をたたき、空には雷鳴が
轟いた。

 場外のスピーカーの声は、雨の音でかき消された。だが、誰一人と
して、帰ろうとする人はいない。

 仕事を終えて駆け付けた林さん。ずぶ濡れになりながら、堂島川を
挟んで公会堂の対岸にあった大阪地検の建物を睨みながら、固く誓った。

 ”負けたから、こんな悔しい思いをした。戦いは負けたらあかん。
一生かけても、この仇は討つ”

 その燃えるような気迫は、60年が過ぎた今も赤々と。林さんは
力を込めた。

 「”仇討ち”とは、個人的な復讐などではありません。”師と共に”
との心で、広布拡大に挑むこと。それが、関西の関西たるゆえんであり、
池田先生が教えてくださった精神です」。
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栗原明子さん
 栗原明子さん(関西婦人部総主事)は当時、女子部部隊長を務めていた。

 ある日、いてもたってもいられず、警察署などを回った。すると、
偶然、署の前に一台のジープ型の車が止まった。その直後、先生の姿が
見えた。

 目が合った。「元気?」と先生から声が。「元気です!」と栗原さん。

 今から取り調べが待っているにもかかわらず、一人を大切にする、
いつもの「常勝将軍」の雄姿が、そこにはあった。

 「いついかなる時も、先生は変わらない。先生のお姿を拝見し、”権力
の魔性などに断じて負けてなるものか”と深く誓いました」

 もう一つ、栗原さんには忘れられないことがある。

 池田先生の逮捕以来、旧関西本部には、頻繁に戸田先生から電話が
かかってきた、ある時の電話の後、応対していた壮年が受話器を持った
まま、号泣する姿を、栗原さんは見かけた。

 壮年が涙したのは、戸田先生が「代われるものなら、わしが代わって
やりたい。あそこは入った者でないと分からないんだ」と語ったからで
ある。

 師の恩は山よりも高く、海よりも深い……どこまでも弟子を思う師の
慈愛を、栗原さんが深く知った瞬間だった。

 「大阪大会」には、場内で参加。終了後、池田先生は「一緒においで」
と栗原さんをはじめ、居合わせた友に声を掛けた。

 先生の後ろにつき、公会堂の階段を上がった。先生は窓を開けると、
場外の友に手を振った。

 沸き上がる歓声と拍手は、しばしの間、鳴りやまなかった。

「池田先生と関西の絆は、どのような障魔が競い起ころうとも、断ち切る
ことなどできない。そのことを確認した光景でした」

 「大阪大会」で、池田先生は師子吼した。

 ”最後は、信心しきったものが必ず勝つ”

 この宣言は今、人生を切り開き、人間革命の勝利劇をつづりゆく”
常勝の指針”として、関西の同志の心に受け継がれている。

 次回につづく 『聖教新聞 2017/07/17(月)』

創価学会の3代会長がいかに権力と戦ってきたのか、という
厳然たる事実の歴史です。
3代会長.PNG

動画・youtube
3代会長の権力との戦いと勝利の栄冠

 まとめ 
不敗の原点「大阪大会」60周年記念特集(1)
不敗の原点「大阪大会」60周年記念特集(2)


posted by mity504 at 17:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 大会・会合
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