ブラボーわが人生 第47回100歳の気骨 信仰体験 - 聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

ブラボーわが人生 第47回100歳の気骨 信仰体験


天草市100歳、.PNG


 【熊本県天草市】素朴な言葉の端々に、はっと胸をつかれる響きがある。
「題目は切らさん。他になーんも考えとらん」。
特別養護老人ホームで暮らす、山下トクエさん(100)=本渡東支部、
地区副婦人部長。どん底から力強く這い上がってみせた暦の移ろいを
伺った。
「いろんなことがありすぎたばってん・・・もう忘れた。ははは」。
何ものにも屈せぬ心の鼓動が、聞こえてくる。

目が開けば
自然と題目あがつとるもん


 もう100歳9月で101歳になるとですよ。ははは。子どもがな、
病気になってからがな、悩んでばっかり。ははは。

 次女の恵美子(故人)が小学1年の2学期にな、腎炎から尿毒症を
起こしてな。40度の熱が出て、けいれんが7時間も続いたですよ。
手足もだらん。舌かんだらいかんけん、しゃもじに布巻いて、
くわえさせてな。

 2年生から私がおぶって、小学校に行ったもん。3年生の運動会はな、
担任が抱いて走ってくれらした。それから先の運動会は知らん。
ははは。

 お医者さんがな、「二十歳までしか生きられん」言うた。ぐにゃっと
した恵美子ば抱えて、父ちゃんといろんな宗教出入りしたと。
キツネとかヘビとか何でも拝んだ。祈祷師も家に来た。
中学の卒業アルバムは恵美子だけ顔写真でな。

 
 諦めかけた昭和37年(1962年)にな、赤ちゃんおぶった近所の人が、
折伏に来よらしたですよ。恵美子がな、「信心させてくれな」言うた。
私と2人で御本尊を受けたと。父ちゃんが怒るけん、かまどでご飯炊き
ながら小さい声で勤行しよった。でも「俺もせんば、つまらんわい」
言うて、父ちゃんと上の娘も信心したと。

100歳 2.PNG

 山下さん(右)と長女の大平ハツエさん


 教わった通りに信心したとよ。恵美子が足引きずって歩けるように
なったけんな。腕組んで一緒に折伏しよったもん。塩ばぶっかけられた。
風呂の水もぶっかけられた。でも「これに懲りず、また来る候ぞ」。
聞こえるごと言って帰るったい。ははは。

 昭和43年の”花の撮影会”は忘れんよ。忘れられん。池田先生が
入って来らした時はな、磁石に引き寄せられるごた感じがしてな。
”花のような純粋な信心をね”。端におったもんじゃで、
それしか聞こえんじゃった。

 最前列で正座して写ったと。膝の前に、小さい花瓶にバラがあった
けんですね。それをもらって帰ったですよ。一輪のバラを庭に挿し木
してな。見事に根付いたもん。それはそれは大きな花が咲いたとよ。

 いつ発作が来るか分からんばい。恵美子がな、バス停まで歩き
よったらな、けいれん起きて、真っ逆さまに海の岩場に落ちたと。
頭打って、病院行った。危なかけん、どこにも一人で行けんじゃった。

 発作が起きたら、すごか力で暴れたと。抑えきらんもん。
ろうそくがひっくり返って、障子も破れた。顔も一変するもんね。
怖い顔。ははは。

 30年近くはその繰り返したい。一番つらかは恵美子じゃろう。
病院行く前は2人で唱題したと。何十年といろんな薬を試したけど、
てんかんで体が硬直するけんな・・・悔しかった思います。
「なんで私ば産んだと!」言われた。ははは。

 そがん時は、池田先生の花ば見て頑張ったもの。白いバラ。
先生のこと思えば、うれしーてなあ。題目だけはな、切らさんかった。

 ある日の聖教新聞にな、こがん話が出とった。悩みは全部、自分の
持ち物じゃっと。わたしゃな、御本尊様の前で話したと。
「私の宿業が故に、恵美子を困らせております。今やっと分かりました。
ごめんなさい。どうかこの子を幸せに・・・」。

祈りが変わった頃じゃもね。恵美子に合う薬と、ぱっと巡り合ったですよ。
手を曲げればポキ、足を動かせばポキ、ポキポキ音立てて良うなって
しもうた。
わたしゃあ、跳びはねたですよ。

100歳 3.JPG

 人生を切り開いた祈りは今も


 買い物も手押し車で行きよったし、料理もしよったと。片方の手しかあ、
かなわんけんですね。野菜の皮も、おなかにつけて、むきよった。卵も
上手に割ってチャーハン作って。かぼちゃの煮しめは最高ったい。
「あんたが作った料理が、いっだん(一段と)うまかやっかい」言うて。

 挿し木したバラも、村の人に花を渡してなあ。昔の様子ば見とらすけん。
喜んでくれたとです。

 恵美子が58歳の時ばい。仏間の襖を開けると、あの子がきちーんと
正座しとってなあ。勤行の前にな、「人間革命の歌」ば歌いよった。
笑顔が出たと。これが私の子どもの宿命転換ですよ。

 11年前、60歳で逝ったと。最後は15分ぐらい「ありがとう」と
言いよったもね。ははは。


わたしゃあ、創価学会の看板があると。この看板は下ろされん。
「うるし千ばいに蟹の足一つ入れたらんが如し」(御書1056ページ)。
恵美子にせっかく福運ば積ませてもらったとて、気が緩むとゼロになる。

 今はな、目が開けば、自然と題目あがっとるもん。
私の人生は題目で埋まっとる。池田先生に感謝、御本尊に感謝。
そしてから、日蓮大聖人のお迎えを楽しんで待っとる。
その日まで、元気に常楽我浄でいくと。ははは。

 恵美子はな、死んで死なずで、ここにおるもね。
「一緒にお題目ばあげような」。そういう時もあっと。恵美子のきれいな
題目の声が聞こえることがあっとばい。

 今年も庭に白いバラが咲いたとですよ。
もうぜーんぶ話してしもうた。ははは。



 [後記]

 取材で心を打たれたのは、山下さんが「目が開けば、自然と
題目あがっとるもん」と言った時の表情だ。この母にとって、
それ以上の言葉も、それ以下の言葉もない。池田先生に
誓いを立てたその日から、一度も乱れることなく、100歳に
なっても貫こうとする。

山下さんにとって生きるとは、そういうことなのかもしれない。
 肉体は衰え、外出もままならない。だが精神は鋭敏だ。
施設に顔をのぞかせる地区の友に尋ねる。
「広宣流布は、どがん進んどっとか?」。長女の大平ハツエさん
(74)=支部副婦人部長=には真正面から、「今日は何時間、
題目あげたんばい?」。鋭敏な感覚が、老いを払いのけている。

 好きな言葉は「南無妙法蓮華経の他に何もなかもね」。
池田先生に会ったら「おめでとうございます、しかよう言わんな」
。ゆっくりと放つ言葉は、理屈なしに何かを問い掛けてくる。
 広布のために、幸せへの挑戦をやめぬ題目の王者。
その気骨に脱帽する。 (天) 


 信仰体験 聖教新聞 2018年(平成30年)7月3日(火)


posted by mity504 at 14:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | ブラボーわが人生
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/185773389

この記事へのトラックバック
Copyright © 聖教新聞 体験談そのほか気になる記事 All Rights Reserved.
当サイトのテキストや画像等すべての転載転用・商用販売を固く禁じます
<