アフリカに広がる地涌の連帯 仏法の人間主義を社会へ - 聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

アフリカに広がる地涌の連帯 仏法の人間主義を社会へ

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5.3「創価学会の日」「創価学会 母の日」記念
世界広布新時代 第25回 本部幹部会
SGI春季研修会 聖教新聞配達員大会 から(要旨)

 アフリカに広がる地涌の連帯
仏法の人間主義を社会へ

 活動報告
トーゴSGI イダ・ボドス・アジェビ議長

 一、トーゴ共和国は、かつて池田先生が長編詩で「西アフリカの真珠」
と讃えてくださった通り、広大な自然に囲まれた、とても美しい国です。

 女性は皆、働き者で、気さくで親切です。男性は、そんな女性の
おかげで少しのんびりしてます。私は、23人きょうだいの大家族の中で
育ちました。姉の一人が看護師だったこともあり、幼い頃から医療に
関心を持ちました。

 中でも出産後、満足に治療を受けられず、時には命まで落としてしまう、
お母さんたちの存在を知ったことは心に深く突き刺さりました。
大きくなったら、こうした人たちの力になりたいと、懸命に勉学に
励みました。

 高校を卒業後、1968年に国の奨学金を得て、セネガル共和国のダカール
大学医学部に進学。その後、さらにフランスの大学院でも学びました。
 
 そんな78年に、一人目の男の子を授かりました。しかし、相手の男性
とは未来を共有することができず、一人で子育てする道を選びました。
生計のために医療施設で働き、やがて博士論文の執筆も手付かずに
なりました。

 午前6時に息子を託児所に預け、午後8時に迎えに行く毎日を過ごして
いたある日、託児所の所長が私をSGIの座談会に誘ってくれました。

 メンバーの暖かな雰囲気、力強い題目の音声に心から感動し、私は
すぐに実践することを決意しました。80年6月に御本尊を受持。
題目を唱え抜く中で論文の執筆も順調に進み、夢であった医学博士となる
ことができました(拍手)。

 一緒の時期に信心を始めた夫と出会えたことも、私の最高の功徳です。
81年10月に結婚し、82年には共にトーゴに帰国。私は産婦人科医として、
首都・ロメの大学病院に勤務しながら、トーゴ広布への第一歩を
踏み出しました。

当時、国内に同士は一人もいませんでしたが、一人また一人と仏法を
語り抜きました。


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アジェビさんが開設した「ミョウレンクリ
ニック」。今も院長として、出産前の診断、
分娩、婦人科の手術などに携わる(ロメで)


 良き市民として

 一、少しずつ、題目を実践する人が増えてきた頃、ロンドンから
2人のメンバーが移住し、84年4月1日、初めて座談会を開くことが
できました。

この時に集った20人からトーゴ広布の歯車は、ゆっこりと回転を始め
ました。

 もっと座談会を充実させたい。もっと御書を学びたい。この情熱の
ままに、車で国境を越え、隣国のガーナSGIの同志のもとに向かった
こともありました。

 そして85年8月、トーゴにも待望の地区が結成されました。(拍手)
私は地区部長として、同志の激励に奔走しました。伝統宗教の信仰者、
キリスト教徒、イスラム教徒が大多数の中、私たちは良き市民として
の行動を貫き、団結して、あらゆる困難に挑みました。

 この頃、私にも宿業の嵐が襲ってきました。3人目の息子を死産で
失ったのです。

 医師として、広布のリーダーとして、皆の前では毅然と振る舞おうと
心掛けました。しかし、家に帰ると毎晩、悲しみに押しつぶされそう
でした。

 ただただ御本尊の前に座り、時間を忘れて唱題しました。その中で、
医師である前に、広布のリーダーである前に、一人の人間として、
この悲しみを乗り越えることが、私と亡き息子の宿命転換だと
気付きました。

徹して御書を学び、一日一日を懸命に戦い抜きました。92年、トーゴに
支部が誕生した時の喜びは生涯、忘れられません。


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「トーゴ平和会館」開館式の参加者が喜びのカメラに。
同式典には、各界の来賓も参加し、「トーゴSGIによる
平和のためのあらゆる運動を、私は支援します」などの
声が寄せられた(昨年3月、首都ロメ郊外で)


 医療で祖国に貢献

一、さらに99年、私の仕事にも転機が訪れました。母と子の幸福を
目指す私の医療に賛同してくれる人が現われ、ロメに産婦人科病院を
開設することができたのです(拍手)。

 病院の名前は、皆が妙法蓮華の当体であるとの意義を込め、「ミョウ
レンクリニック」と名付けました。診察では、私自身が深い悲しみを
経験した分、どんなささいな兆候も決して見逃すことなく、常に不安な
お母さんに寄り添う医療を心掛けました。

 そうした積み重ねが評判を呼び、国内全土から妊婦が集まるように
なりました。

 今では助産師の研修の受け入れ、国立病院との提携などを通して、
私の培ってきた経験が、わが国の医療技術の向上に役立っています。

 さらに、病院の評判を聞き付けた国営テレビ局から、番組の
医療相談コーナーへの出演を依頼されました。
視聴者からの相談に、診察室と同じように真心を込めて答えていた
ところ、これが好評を得てレギュラー番組になりました。

今では毎週水曜日と金曜日の朝の30分、司会者と2人で出演。
視聴者からは、”イダお母さん”の愛称で呼ばれています。

 現在、この番組は、コートジボワール、カメルーン、ブルキナファソ
、等々、アフリカのフランス語圏の7ヵ国をはじめ、ヨーロッパや
アメリカ、アジアでも衛星放送されるようになりました。(拍手)

 私の知識が世界中のお母さんの安心に生かせることに、大きな喜びと
功徳を感じています。

 一、トーゴSGIも発展を続け、現在は1総合本部・13本部の陣容となり
ました。

 昨年3月には、待望の「トーゴ平和会館」が完成(拍手)。
政府関係者など多くの来賓や隣国の同志を招き、盛大に開館式を
行いました。

 近隣の方々は当初、なじみの薄い仏教の施設を不審げに眺めていま
したが、喜々として集う幸福そうなメンバーの姿に理解を深め、
今では会館があることを町の誇りにしてくださっています。

 開館から1年、今までの倍以上の勢いで折伏も実り、35年前、一人に
語ることから始まった広布の拡大は、2700人を超える地涌の陣列へと
広がりました(拍手)。

 池田先生が呼び掛けてくださった「アフリカの世紀」は今、厳然と
幕が開きました。

 アフリカの幸福のために、正義のために、人々は日蓮大聖人の仏法を
待ち望んでいると確信しています。池田先生の人間主義の哲学のもとに、
さらに多くの青年を糾合し、必ずや私たちの手で、幸福と平和の新時代
を築いていきます(拍手)。

  『聖教新聞 2017/04/24(月)』


 いちから組織を作っていく、すごいな!こんなすごい人でも
誰かが折伏しなければ、仏法に縁することはなかった。
人の人生は縁することによって、変わっていく。
彼女はまさに「地涌の菩薩」だ。

 この「(愛称)イダお母さん」に「あっぱれ!」で賞


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