子育て - 聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

<私立保育園>「子供の声うるさい」開園断念 千葉・市川

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声うるさい 保育園が開園断念2016年4月11日(月) 21時13分掲載

<私立保育園>「子供の声うるさい」開園断念 千葉・市川
 千葉県市川市で4月に開園予定だった私立保育園が

「子供の声でうるさくなる」などの近隣住民の反対を受け、
開園を断念していたことが分かった。

同市の待機児童は373人で全国市区町村で9番目に多い
(昨年4月時点)。

説明会に同席するなどして地域の理解を求めてきた市の担当者は
「(住民の反対で)開園が延期したケースは

東京都内などであるそうだが、断念は聞いたことがない。
残念だ」と言う。(毎日新聞)

<私立保育園>「子供の声うるさい」開園断念 千葉・市川

我欲な大人どもはここまできたか、と思う。

保育園ではしゃぐ園児の声がうるさい。
幼児のはしゃぐのがうるさいとしか聞こえない

人間性を亡くした人人の心が理解できない。
私の住む近くに保育園があった。
保育園があっても、終日騒いでいる訳ではない。

休憩時間に騒いでいる、体育の時間に騒いでいる、
それくらいだ。そんなの当たり前だ。後は静かである。

私は園児の賑やかな声が聞こえると、「ああ、元気でいいな!」
と思う。園児が騒ぐのは当たり前。

騒がない園児を育てるなんて、絶対よくない。
それは園児の育て方に反する。園児はのびのびと育てるべきだ。

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子育てぷらざ、イヤイヤ期を乗り越えるコツ

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子育てぷらざ、イヤイヤ期を乗り越えるコツ

2つの選択肢を用意

神戸市長田区、古水永美子(主婦 49歳)


現在24歳の息子と20歳の娘がいます。息子は
2歳からイヤイヤ期になりました。育児書を読むと、
「自我の芽生えと捉えましょう」
と載っていました。

何をするにも「イヤー!イヤー!」と反発するありさまで、
ちょっとした外出にもてこずっていました。

そんな時、公園でママ友に相談すると、「そういう時は
、二つ選択肢を出して、『○○と△△だとどっちがいい?』
って聞くと、スムーズにいくよ」と教えてもらいました。

なるほどと思い、すぐに実践。服を着る時には2種類の
服を用意して、「どっちがいい?」と聞くと、
「これー!」と選んでくれました。

ジュースを選ぶ時も「リンゴとミカン、どっちにする?」
と、二つ用意しておくことでスムーズに。
それまで悩んでいたことがうそのようでした。

育児書の知識も自分の気持ちを整理するために必要でしたが、
いざ、実践となると、同じ年代の子を持つママ友の
アドバイスがありがたいなと感じています。


「早くして」は言わない

大阪府東淀川区、森 恵美子(元保育士 56歳)


1歳半から3歳くらいの子供がいる若いママさんから、
「もう、イヤイヤばかり言うんです」と
相談されることがよくあります。

そんな時、横にいるお子さんに「そうなん?」
と話を向けると、言われることが分かっているのか、
私の顔をじっーと見つめてきます。

保育士をしていたころ、職場でよく「駄々をこねる」
と「わがまま」の違いや、反抗期をどう豊かに
乗り越えるかなどについて、話し合いしていました。

しかし、いざわが子となると、共働きの忙しさから、
何をするにも”早く”と気持ちが焦ってしまいました。

そんな中、私が心がけていたことは、「早くして」
と言わないことです。

子供が「イヤ〜」とひっくり返っても、一度は
「そうなん、嫌やったんやな〜」と、気持ちを
受け止めるようにしました。

一度抱いて気持ちを受け止めてあげると、
子供はそれまで嫌がっていたことがうそのちょうに
落ち着いてくれました。

急いでる時にイヤイヤされると、親も余裕がなくなり、
いらだってしまいがちですが、一度止まって受け止める、

その一瞬のやりとろいが子供の気持ちを
切り替えるポイントになると思います。

        (聖教新聞)

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posted by mity504 at 17:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て

子育て中の母親に安心と笑顔を(1)

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紙上セミナー  生活に生きる仏教


紙上セミナー  生活に生きる仏教
 助産師・看護師 中村康子


【プロフィル】まかむら・やすこ 助産師として、思春期、妊娠・
出産、育児における女性の健康とその家族のサポートを行ってきた。
現在、NPO法人で、行政と連携し、育児支援に携わっている。
1983年(昭和58年)入会。婦人部副本部長。白樺会副委員長
(東京白樺会委員長)。
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助産師・看護師 中村康子


仏法は”希望の生命哲学”

 子育て中の母親に安心と笑顔を(1)

命を育み輝かせる”励まし合いの社会”に

 生命、誕生……分娩室に赤ちゃんの元気な産声が響く瞬間、それまで
陣痛に耐えてきたお母さんの顔は一転、安堵と喜び、達成感で最高に
美しく輝きます。

赤ちゃんの誕生は、同時に一人の”新しいお母さん”が力強く誕生した
瞬間でもあり、子育ての始まり、家族の新たな出発でもあります。

 胎児は10ヶ月間で何十億年の進化の歴史をたどるように成長を
遂げるといわれます。

 いよいよ出産となると、規則的な陣痛の波に導かれ、赤ちゃんは
産道を通りやすくするために、自ら回旋しながら出口を目指します。

もちろん、誰に教えられたわけでもありません。この生命の神秘に
触れた時、私は「赤ちゃんは、このお母さん、この時、この場所を
選んで、必死で生まれてこようとしている」と思えてなりません
でした。

この厳粛な感動に魅せられ、助産師となって約30年。たくさんの
出会いの中、ご家族と喜びを分かち合える最高のお産になるよう、
真剣に唱題して臨んできました。

現在、行政と連携しながら、育児支援に携わっていますが、超少子
高齢社会の今、想像以上に子育てが困難な時代を迎えていると実感
します。


 育児の不安を和らげる関わり

 先日、訪問してお会いしたお母さんは、赤ちゃんの成長が不安で、
ノートに20項目くらいの質問を書いて、待ってくださっていました。

 緊張でいっぱいのお母さんの肩や腕をマッサージいながら、心配な
気持ちを受け止め、赤ちゃんの元気な様子を一緒に一つ一つ確認して
いくと、徐々に表情が和らぎました。

 母子手帳を見て、「○○時間かけて出産されたんですね。本当に
頑張りましたね」とねぎらうと、「そうなんです。でも育児の大変さに
、すっかり忘れていました」と、初めてわが子と対面した時の感激を
思い起こして涙を流された後、自身を取り戻したように笑顔を見せて
くれました。

 ひと昔前、紙おむつも、ネット通販や便利な家電もない時代に、何人も
育てていた頃の先輩からすると、「今のお母さんたちは楽になっているだ
ろうに」と思えるかもしれません。

 しかし、昔と違い今では、ほとんどのお母さんが、生まれたての
赤ちゃんを見た経験もないまま、初めての育児をスタートするのです。
核家族化が進み、共稼ぎ、高齢出産など、社会背景は、かつてと
大きく変わり、介護とのダブルケアの問題も多くなっています。

インターネット上に、育児に関する情報はあふれていますが、どれを
信じ選択していいか分からず、まるで情報の海で溺れそうになっている
ようにも感じます。

 行政でも、さまざまな取り組みがされていますが、産後うつ、虐待は
増えており、母親だけでなく最近では父親の「イクメンブルー」も問題
になっています。

 私は育児のサポートを行っていますが、お母さん(お父さん)の話に
耳を傾けること、その頑張りをねぎらうことを心掛け、”ゆっくり、
自分らしく、親になることを楽しみましょう”と、お伝えしています。

 池田先生が作詞された「母」の曲にこうあります。「母よ あなたは
/なんと不思議な 豊富(ゆたか)な力を/もっているのか……」
 
 どんな時代にあっても、生命を守り育む母には困難に負けない豊かな
力があることを確信し、自分自身も成長し続けたいと思っています。

つぎにつづく 【聖教新聞 2017/06/27(火)】


posted by mity504 at 17:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て

仏法は”希望の生命哲学”子育て中の母親に安心と笑顔を(2)

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紙上セミナー  生活に生きる仏教

 助産師・看護師 中村康子


仏法は”希望の生命哲学”子育て中の母親に安心と笑顔を(2)

命を育み輝かせる”励まし合いの社会”に

生死の苦悩を乗り越える信仰


 私が、この仏法と巡り合ったのは、19歳の看護学生の時です。
治療法のない病気、生まれながらの疾患、そして必ず訪れる死……。
入会する前は、厳しい現実に直面して、自らの使命を見出せずに
いました。

 参加した座談会で、仏法は宿命の転換を可能にし、「生老病死」
の苦悩を乗り越える”希望の生命哲学”であることを知り、感動し
ました。そして、「あなたにしか果たせない使命がありますよ」
との温かい励ましに、入会を決意したのです。

 さまざまな世代が地域に根差しながら、励まし合って進む
創価学会は、生命を守る”慈愛のセーフティ・ネット”であると
感じます。

、      ◇

 2年前、私自身が父の見取りの体験をした時のことです。母と
共に、感謝の言葉をシャワーのように語り掛け、優しくマッサージ
をし、父の呼吸の速度に合わせて題目を唱え、一緒に呼吸しました。

 この時、私は、手を握り、目を合わせて波を乗り越える感覚が、
産婦さんと呼吸を合わせて陣痛の波を乗り越える時と全く同じ感覚で
あることに驚きました。

 産みの苦しみを越えて新たな生命が誕生するように、生命は、また
引き潮の波に乗って”生命の大海”へと戻っていくのだと実感したの
です。

 この経験をしてから、日々、赤ちゃんに合うたび、両親を選んで
生まれてきた生命に、より深い感動と畏敬の念を感じるようになり
ました。

 一人一人に、かけがえのない使命

 日蓮大聖人は、女性門下の懐妊の報を聞かれて、「玉の子出で生れ
ん目出度覚え候ぞ」(1109ページ)と喜ばれています。

 池田先生は、この御文を拝して「日蓮仏法では、すべての人間は、
『仏』の生命を具え、偉大な使命をもって、この世に出現したと
とらえる。

つまり、子どもは、未来を担い立つ、崇高な人格をもった
、使命深き鳳雛と見る。ゆえに、仏法からは、決して、親の所有物
などというとらえ方は生まれない」(『新・人間革命』第24巻)
とつづられています。

 仏法は、「桜梅桃李」と説き、一切の生命がそれぞれの特質を
改めることなく、ありのままで輝いていけると教えています。
どんな人も、かけがえのない使命をもち、幸せになるために生まれて
きたのです。

 縁する全ての人との深いつながりを感じながら、母子の笑顔を
輝かせる”励ましのネットワーク”を広げていく決意です。

 

 「人身は受けがたし」

 仏法は「三世の生命」、すなわち”永遠の生命”を説いています。
この仏法の視座から見る時、私たちが人として生まれ合わせることは、
まれなことだといえます。

 仏典では、「人として生まれることは、三千年に一度しか咲かない
優曇華(うどんげ)の花にあうように難しい」(涅槃経、趣意)と
説かれています。

 また、日蓮大聖人も、「人身をうくる事はまれなるなり」(御書
902ページ)、「人身は受けがたし爪の上の土」(同1173ページ)と
仰せになっています。「爪の上の土」とは、数や量が、ごくわずかである
ことを譬(たと)えた言葉ですが、同じように人として生まれることは
まれであることを教えられているのです。

 まさに、私たちは”受けがたい人身を”を得た、尊い一人一人です。
「子宝」「授かりもの」といわれるように、生まれてくる命は、尊く、
かけがえのない存在なのです。

 おわり 【聖教新聞 2017/06/27(火)】



posted by mity504 at 17:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て
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