聖教新聞 体験談そのほか気になる記事

アフリカに広がる地涌の連帯 仏法の人間主義を社会へ

アフリカの友 1.PNG


5.3「創価学会の日」「創価学会 母の日」記念
世界広布新時代 第25回 本部幹部会
SGI春季研修会 聖教新聞配達員大会 から(要旨)

 アフリカに広がる地涌の連帯
仏法の人間主義を社会へ

 活動報告
トーゴSGI イダ・ボドス・アジェビ議長

 一、トーゴ共和国は、かつて池田先生が長編詩で「西アフリカの真珠」
と讃えてくださった通り、広大な自然に囲まれた、とても美しい国です。

 女性は皆、働き者で、気さくで親切です。男性は、そんな女性の
おかげで少しのんびりしてます。私は、23人きょうだいの大家族の中で
育ちました。姉の一人が看護師だったこともあり、幼い頃から医療に
関心を持ちました。

 中でも出産後、満足に治療を受けられず、時には命まで落としてしまう、
お母さんたちの存在を知ったことは心に深く突き刺さりました。
大きくなったら、こうした人たちの力になりたいと、懸命に勉学に
励みました。

 高校を卒業後、1968年に国の奨学金を得て、セネガル共和国のダカール
大学医学部に進学。その後、さらにフランスの大学院でも学びました。
 
 そんな78年に、一人目の男の子を授かりました。しかし、相手の男性
とは未来を共有することができず、一人で子育てする道を選びました。
生計のために医療施設で働き、やがて博士論文の執筆も手付かずに
なりました。

 午前6時に息子を託児所に預け、午後8時に迎えに行く毎日を過ごして
いたある日、託児所の所長が私をSGIの座談会に誘ってくれました。

 メンバーの暖かな雰囲気、力強い題目の音声に心から感動し、私は
すぐに実践することを決意しました。80年6月に御本尊を受持。
題目を唱え抜く中で論文の執筆も順調に進み、夢であった医学博士となる
ことができました(拍手)。

 一緒の時期に信心を始めた夫と出会えたことも、私の最高の功徳です。
81年10月に結婚し、82年には共にトーゴに帰国。私は産婦人科医として、
首都・ロメの大学病院に勤務しながら、トーゴ広布への第一歩を
踏み出しました。

当時、国内に同士は一人もいませんでしたが、一人また一人と仏法を
語り抜きました。


アフリカの友 2.PNG
アジェビさんが開設した「ミョウレンクリ
ニック」。今も院長として、出産前の診断、
分娩、婦人科の手術などに携わる(ロメで)


 良き市民として

 一、少しずつ、題目を実践する人が増えてきた頃、ロンドンから
2人のメンバーが移住し、84年4月1日、初めて座談会を開くことが
できました。

この時に集った20人からトーゴ広布の歯車は、ゆっこりと回転を始め
ました。

 もっと座談会を充実させたい。もっと御書を学びたい。この情熱の
ままに、車で国境を越え、隣国のガーナSGIの同志のもとに向かった
こともありました。

 そして85年8月、トーゴにも待望の地区が結成されました。(拍手)
私は地区部長として、同志の激励に奔走しました。伝統宗教の信仰者、
キリスト教徒、イスラム教徒が大多数の中、私たちは良き市民として
の行動を貫き、団結して、あらゆる困難に挑みました。

 この頃、私にも宿業の嵐が襲ってきました。3人目の息子を死産で
失ったのです。

 医師として、広布のリーダーとして、皆の前では毅然と振る舞おうと
心掛けました。しかし、家に帰ると毎晩、悲しみに押しつぶされそう
でした。

 ただただ御本尊の前に座り、時間を忘れて唱題しました。その中で、
医師である前に、広布のリーダーである前に、一人の人間として、
この悲しみを乗り越えることが、私と亡き息子の宿命転換だと
気付きました。

徹して御書を学び、一日一日を懸命に戦い抜きました。92年、トーゴに
支部が誕生した時の喜びは生涯、忘れられません。


アフリカの友 3.PNG
「トーゴ平和会館」開館式の参加者が喜びのカメラに。
同式典には、各界の来賓も参加し、「トーゴSGIによる
平和のためのあらゆる運動を、私は支援します」などの
声が寄せられた(昨年3月、首都ロメ郊外で)


 医療で祖国に貢献

一、さらに99年、私の仕事にも転機が訪れました。母と子の幸福を
目指す私の医療に賛同してくれる人が現われ、ロメに産婦人科病院を
開設することができたのです(拍手)。

 病院の名前は、皆が妙法蓮華の当体であるとの意義を込め、「ミョウ
レンクリニック」と名付けました。診察では、私自身が深い悲しみを
経験した分、どんなささいな兆候も決して見逃すことなく、常に不安な
お母さんに寄り添う医療を心掛けました。

 そうした積み重ねが評判を呼び、国内全土から妊婦が集まるように
なりました。

 今では助産師の研修の受け入れ、国立病院との提携などを通して、
私の培ってきた経験が、わが国の医療技術の向上に役立っています。

 さらに、病院の評判を聞き付けた国営テレビ局から、番組の
医療相談コーナーへの出演を依頼されました。
視聴者からの相談に、診察室と同じように真心を込めて答えていた
ところ、これが好評を得てレギュラー番組になりました。

今では毎週水曜日と金曜日の朝の30分、司会者と2人で出演。
視聴者からは、”イダお母さん”の愛称で呼ばれています。

 現在、この番組は、コートジボワール、カメルーン、ブルキナファソ
、等々、アフリカのフランス語圏の7ヵ国をはじめ、ヨーロッパや
アメリカ、アジアでも衛星放送されるようになりました。(拍手)

 私の知識が世界中のお母さんの安心に生かせることに、大きな喜びと
功徳を感じています。

 一、トーゴSGIも発展を続け、現在は1総合本部・13本部の陣容となり
ました。

 昨年3月には、待望の「トーゴ平和会館」が完成(拍手)。
政府関係者など多くの来賓や隣国の同志を招き、盛大に開館式を
行いました。

 近隣の方々は当初、なじみの薄い仏教の施設を不審げに眺めていま
したが、喜々として集う幸福そうなメンバーの姿に理解を深め、
今では会館があることを町の誇りにしてくださっています。

 開館から1年、今までの倍以上の勢いで折伏も実り、35年前、一人に
語ることから始まった広布の拡大は、2700人を超える地涌の陣列へと
広がりました(拍手)。

 池田先生が呼び掛けてくださった「アフリカの世紀」は今、厳然と
幕が開きました。

 アフリカの幸福のために、正義のために、人々は日蓮大聖人の仏法を
待ち望んでいると確信しています。池田先生の人間主義の哲学のもとに、
さらに多くの青年を糾合し、必ずや私たちの手で、幸福と平和の新時代
を築いていきます(拍手)。

  『聖教新聞 2017/04/24(月)』


 いちから組織を作っていく、すごいな!こんなすごい人でも
誰かが折伏しなければ、仏法に縁することはなかった。
人の人生は縁することによって、変わっていく。
彼女はまさに「地涌の菩薩」だ。

 この「(愛称)イダお母さん」に「あっぱれ!」で賞

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posted by mity504 at 16:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 創価学会・ニュース

信仰体験 母ありて 86歳の現役美容師(2)

母ありて 2.PNG
ルビー美容室には、高橋さん(左)の明るい
笑顔とおしゃべりの花が咲く


信仰体験 母ありて 86歳の現役美容師(2)

 第16回 59年越しで夫が入会
語らいの花 さらに

 86歳の現役美容師

【東京都八王子市】”ルビーさん”の愛称で親しまれる高橋トワさん
(86)=新世紀支部、地区副婦人部長=は、美容師になって約70年。
一人で営む「ルビー美容室」で、今もはさみを握る。

 常連客の多くは70代、80代の高齢者。「お客さまが、やめさせて
くれないの。”あなたじゃなきゃ駄目。まだまだ元気なんだから”
って。そうよね。目も見える。指も動く。はさみを握ったら自由自在。
一番動くのは口かしら(笑い)」

 18歳で親戚の店に勤め、修行を。終戦間もない当時は暖房もない。
冬になると、手は霜焼け、足はひび割れ。火鉢で暖を取りながら、
カットしていた。1958年(昭和33年)に自分の店をオープン。

店名の由来を尋ねると、「準備が忙しく、当時付けていたルビーの
指輪を見て、”これでいいや”つて。そんな名前で、まさか60年近くも
続くとはねえ」。

 61年、常連客から仏法の話を聞き、創価学会に入会。長男の非行、
夫のリストラを乗り越え、信心の確信をつかむ。「唱題すると、”さあ、
やるぞ”っていう気持ちになれる。お客さまからも、『いつも一生懸命
で、すごいね』って」

 そんな高橋さんには、長年の悩みがあった。結婚して59年間、夫・
義一さん(85)=壮年部員=が信心に無理解だった。会合にいこうと
して、強く反対されたことも。自宅で唱題できず、同志の家に通い、
題目を唱えた。

「お客さまにヘアスプレーを届けてくる」と言って、会合に行った
こともある。

 ”夫が信心する日は来ないかも……”。何度も諦めそうになったが、
「昔、『必ず夫と一家和楽の信心の家庭を築きます』って、みんなの
前で宣言したのよ」。以来、ずっと祈り続けてきた。

 2014年(平成26年)の年末、義一さんが「たこつぼ型心筋症」で
倒れる。高橋さんは懸命に題目を唱えた。心肺停止から意識が戻ると、
医師からは「奇跡的な回復」と、病室で義一さんは、「俺は生き返った
んだなあ」とポツリ。

 翌年の夏、一時退院で帰宅。夫が寝ているベッドの横で、唱題して
いると、義一さんも小声で「南無妙法蓮華経」と唱えていた。
「お父さん、一緒に信心しよう」。高橋さんが語ると、義一さんは「
そうだな」と、静かにうなずいた。

 入会は、8月24日。地区の同志に囲まれ、いつになく笑顔の義一さん。
”こんな日が来るなんて”振り返れば、多くの苦難を越えてきた。
10年前、高橋さん自身、脊柱管狭窄症の手術を受け、昨年は胃潰瘍が
見つかった。

「仕事をやめて、ゆっくりしょうかなと思うんだけど、題目はすごいね。
元気とやる気が湧いてくるのよ」今でも、新規の顧客が増えている。
「お客さまから紹介されて、去年から95歳のご婦人も来てくださってい
て」。来店客と話し込み、「最近はカットよりも、おしゃべりの方が
長いね」。

 ”居心地がいい”と評判なのは、高橋さんの人柄が愛されている証拠。
毎日、近隣の人が集まるルビー美容室は、地域の憩いの場になっている。

 定休日には、入院生活を続ける義一さんを見舞い、買い物や掃除、
学会活動に歩き回る。「池田先生の『友情は人生の花』って言葉が
大好きなの。語りたい人がたくさんいるから、まだまだ看板は下ろし
ませんよ」

 今日も、”ルビーさん”の笑顔が、キラキラと輝いている。

 おわり

  『聖教新聞 2017/04/12(水)』

 まとめ
信仰体験 母ありて「耐えてなんぼの人生ですよ」(1)
信仰体験 母ありて 86歳の現役美容師(2)

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信仰体験 母ありて「耐えてなんぼの人生ですよ」(1)

母ありて 1.PNG


信仰体験 母ありて「耐えてなんぼの人生ですよ」(1)

 第16回 広島県尾道市 佐藤富貴子さん

 デニムのオーバーオールに赤いジャンパー姿。「いつもこんな感じ。
スカートなんかはいたら島中の話題になる」。とにかく明るい。
佐藤富貴子さん(71)=沼南支部、地区副婦人部長=の案内で、
瀬戸内海に浮かぶ百島を巡った。「頼もしい後輩」と紹介してくれた
のは島の消防団。
昨春まで佐藤さんも一員だった。

「消防のふき姉さん」で通る。30年務めた。尾道市初の女性消防団員
だった。分団長の重圧から円形脱毛症になったが、任期中の火災と
災害はゼロ。島の安全に力を注いだ。

 普段着の赤いジャンバーは、「カープの赤。消防団の赤。それから
信心に燃えてる赤」と、ちゃめっ気たっぷり。笑顔の艶に感心すると、
「潮風と苦労でこの顔になったんですけど」。

 百島の生まれ。20歳で島を離れ、都会の光と影を知る。41歳で大阪
から夫婦で帰郷し、古びた雑貨店を営む母と暮らした。

 当時、島には学会への無理解があった。出合う誰もが下を向いた。
”無冠の友”の佐藤さんは、本紙の切り抜きを手にあいさつした。
受け取ってくれる手はどこにもなかった。母には「忍耐の二字を
背負っていきなさい」と言われた。

 辛抱強さは母親譲り。「忍辱を行ずるは瞋恚(しんい)の病を除く
なり」(御書755ページ)。人との関りを渇望する日々は、師弟の
距離を縮めた日々でもあった。「とにかく池田先生の指導をかみ締めて
生きてきた。耐えてなんぼの人生ですよ」

 婦人消防隊に入ったことが、地域密着の糸口となる。「地獄のような
訓練」を受けた7年目、婦人消防隊の県代表として全国大会に出場した。

 忘れられないのは島の応援団がバス2台で横浜まで来てくれたこと。
「ますます島の人を守りたい気持ちが強くなった」。女性消防隊は
島の誇りとなり、指揮者の大役を果たした佐藤さんは一躍、人気者に
なった。

 NHKのドラマ撮影が島で行われた時、歓迎の花束を手渡す「ミス百島」
を誰にするかという話になった。愛嬌の良さから当時、五十路の
佐藤さんに白羽の矢が立った。

「気分はもう映画女優」と、まんざらでもなかったが、タスキの文字を
「ブス百島」と読み違えた人がいた。笑いの渦に包まれながら、「島の
人と私の笑顔が一致したな」と感じた。

 行動力は折り紙付き。分団長の2年間、尾道市の管理で消防車と救急車
の設置を、島の役員と実現した。粘り強く交渉した訳は、「百島には
境涯革命させてもらった恩があるから」。

 退任後は、信号もコンビニもない島で、「何でも屋みたいなことを
してます」。母から継いだ雑貨店を構えながら、高齢者を診療所や
墓参りに連れて行き食事やごみ捨てまで担う。

地域貢献の信条は?「人の喜ぶことなら何でもするだけ」島の人は宝物。
「ふきちゃんとおったら、元気が出てええわ」の声が何よりの幸せだ。

 今では、島の大半の人が本紙の購読者となった。母が残した言葉を思う。
「宿業は私で断ち切るから、富貴子は幸せになりなさい……」

   つづく

 『聖教新聞 2017/04/12(水)』

 まとめ
信仰体験 母ありて「耐えてなんぼの人生ですよ」(1)
信仰体験 母ありて 86歳の現役美容師(2)

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進行性の胃がん(ステージ4、余命3ヶ月と告知)(2)

ステージ4 2.PNG
同志と共に学会活動に励むことができる
幸せな時(右から2人目が藤原さん)


信仰体験 進行性の胃がん(ステージ4、余命3ヶ月と告知)(2)

 生きるよろこび 「もう一度、頂いた命」
使命果たし抜く

 9ヵ月間続いた血尿、胃の毛細血管出血…

度重なる病に屈せず


 負けたくない


〈点滴と飲み薬による抗がん剤治療。その副作用は容赦なく
藤原さんの体をむしばみ続けた。
 まるで真っ暗な闇の中を、さまよっているような感覚だった。
一条の光を探し出すように、懸命に唱題は続けられた。
藤原さんは、祈るほどに生命力が湧き上がるのを感じた〉


 唱題すると言っても、初めのうちは、呼吸が苦しくて、なかなか
言葉が出ません。声にならない声で祈っていると、池田先生の顔が
浮かぶんです。

”先生にこれまで教えていただいたことを今、実践しなくてどうするの。
何のために、今まで信心してきたの”って。

 強く込めた思いがあります。”元気になってもう一度、広布のために
、先生と一緒に、同志の皆さんと一緒に戦いたい。使命を果たさせて
ください”。それは私の誓願でした。

 5分、10分、1時間。少しずつ、題目の時間が長くなっていきました。
「南無妙法蓮華経は獅子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや」
(御書1124ページ)。この御文を生命に刻み付けるように、御本尊様に
向かい続けました。

 治療が終わりに近づいた頃、夫から「がん」であることを教えられ
ました。

 もちろんショックでした。「余命」まで告げられていたなんて。
でも、私はまだ生きている。ここで負けたらあかん。そう思えたんです。
功徳でした。

 弱い生命では、「がん」の告知を受け止めきれなかった。
祈って祈って、心が強くなっていたからこそ、病に立ち向かおうと、
生命が呼応したのだと思います。

 1年、2年……5年が経過しても、医師からは「藤原さんの場合は、
7年まで様子をみましょう」と。

 再発。常にその恐怖と隣り合わせでした。でも、何があっても負けたく
はなかった。”だって私には、まだ果たさなければいけない誓いがあるん
やから”と。

そして、ついに、再発せず、治療から7年を迎えることができたのです。


日常に感謝

 〈09年9月、突然、血尿が。病院で詳しく検査したが、原因は分からな
かった。ワインのような血尿は9ヵ月もの間、続いた。
 4年後の13年には、胃の毛細血管から出血。血液検査の結果、赤血球数、
血液素量の値は、通常の三分の一程しかなかった〉


 まだまだ試練の山があったんですね。でも、不思議です。もう一度、
乗り越えよう!そう決めて祈った瞬間から、飛び上がりたくなるように、
生命が躍動するのが分かるんです。

宿命に立ち向かうには、広布の戦いに徹するしかない。この一心でした。
あの「がん」を乗り越えたんや。絶対に大丈夫。そう言い聞かせて。

 緊急の手術が行われ、輸血によって、一命を取り留めることができ
ました。「もう少し遅かったら、取り返しがつかなかったかもしれない」
。医者の言葉を聞いた時、”勝った!”と心の中で叫びました。

「がん」が分かった時、余命3ヶ月と言われた私です。ここまで、命を
永らえることができました。だから、”おまけのような人生”って
思っているの(笑い)。ありがたい、おまけです。

もう一度、頂いた命。今度は使命を果たしていかなあかん。
そう決意する毎日です。

 毎朝、勤行する時、”今日も御本尊様の前に座らせていただくことが
できました”と感謝。ふさぎ込んでしまいそうな私に、
”負けない人生を”と励まし続けてくださった。
池田先生と奥様に感謝。そこから私の一日は始まります。

「藤原さん、いつも元気やねー」と言ってくださる同志の皆さんと
笑い合える日々。そんな日常も、当たり前じゃないんですよね。
ありがたい一日一日です。

 縁する人、皆さんの幸せのために祈り、広布の対話に動いていくこと。
これが私に与えられた使命だと思っています。

 だから、私が頂いた人生、命が燃え尽きるまで、もっともっと
輝かせていかないと!

 『聖教新聞 2017/04/09(日)』

 おわり

 まとめ
進行性の胃がん(ステージ4、余命3ヶ月と告知)(1)
進行性の胃がん(ステージ4、余命3ヶ月と告知)(2)

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posted by mity504 at 14:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 病気・闘病体験

進行性の胃がん(ステージ4、余命3ヶ月と告知)(1)


ステージ4 1.PNG
「試練のおかげで信心を深めることができました」。
病を機に一家で6世帯の弘教を(左から夫・隆さん、
次女・未江さん、藤原さん、長女・一乃さんと孫・
一心君、長女の夫・聡さん)


信仰体験 進行性の胃がん(ステージ4、余命3ヶ月と告知)(1)

 生きるよろこび 「もう一度、頂いた命」
使命果たし抜く

 9ヵ月間続いた血尿、胃の毛細血管出血…

度重なる病に屈せず


【大阪市旭区】肝転移の胃がん、9ヵ月間続いた血尿、胃の毛細血管
からの出血……。藤原裕香さん(66)=旭南支部、支部副婦人部長
(白ゆり長兼任)=は、次々と襲い来る病魔に苦しめられながらも、
諦めることなく祈り続けた。
 それは「誓願の題目」だった。今、思う。「降りかかった宿命との
闘いは、大切なことを教えてくれた」と……。


 題目がある!

〈2000年)(平成12年)3月末。藤原さんは、突然の体調不良に見舞われ
た。病院で精密検査を重ねた結果、すぐに入院するよう、医師から
告げられる。
 夫・隆さん(66)=壮年部員=は、医師から妻の病状を知らされていた。
 進行性の胃がんで、肝臓にも転移しており、「余命は3ヶ月」という
ことを。家族は「告知しない」と決めた。
 5月中旬、手術で胃の3分の2、腫瘍を含む肝臓の一部と、胆のうを摘出。
周辺のリンパ節も切除された〉  


 手術の前日。自宅では、私のために、夫と娘たち〈長女・谷崎一乃さん
(39)=婦人部グループ長、次女・未江さん=女子部副本部長〉で、
ずっと題目を送ってくれていたと聞いて、胸がいっぱいになりました。
それまで学会活動に消極的だった家族が、真剣に祈ってくれたんです。

 まさか自分が「がん」だとは、思いもしなかったので、手術を終える
と、胸をなで下ろしました。でも、ここからでした。本当の闘いは。

 食事をしても、薬を飲んでも、吐いてしまう。2ヶ月で12キロ、
体重が落ちました。今思えば、抗がん剤の副作用でした。

 体は重苦しい。”頑張ろう”という心まで奪われるようで、何をする
にも力が出ない。いつまで、こんな苦しい思いをせなあかんの……。
ただ、ぼうぜんと病室の天井を見つめていました。

 退院後も、7週間にわたり、抗がん剤治療は続きました。支えてもらわ
ないと、一人で立ち上がることもできません。

 申し訳なさ不甲斐なさ。つらい。苦しい。この気持ちを分かっては
もらえない。そう思い込み、家族にあたったこともありました。

 ある日、未江が、いつになく真剣な表情で励ましてくれたんです。
「題目あげたら元気になるのと違うの?お母さんはいつも、そうしてたよ
。一緒に唱題しよう!」

 思わず息をのむ程、はっとさせられました。そうや。私には、御本尊が
ある。信心がある!

 分かっていたつもりだったのに……娘が気付かせてくれた。
ここから、題目闘争が始まりました。

 『聖教新聞 2017/04/09(日)』

 第2につづく

 まとめ
進行性の胃がん(ステージ4、余命3ヶ月と告知)(1)
進行性の胃がん(ステージ4、余命3ヶ月と告知)(2)

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都民とともに「東京改革」公明党

 都民とともに「東京改革」公明党

 都民とともに「東京改革」……。
都議会公明党と小池知事率いるファーストの会は3月13日、
首都・東京が抱える様々な課題をのりこえ、希望ある未来を開くために
力を合わせていくことで一致。
都議会において共同で進める政策について合意するとともに、今夏の
都議選において相互に推薦することも発表し、「新しい東京」の構築を
めざしてスタートを切りました。

東京改革 1.PNG
小池知事(前列中央)とともに「東京改革」を進める

東京改革 2.PNG
都政改革推進プロジェクトチームのメンバー

前列左から 大松あきら(現)北区 けいの信一(新)荒川区 
中島よしお(現)北多摩3区 高倉良生(現)中野区
2列目左から 斎藤やすひろ(現)目黒区 長橋けい一(現)豊島区 
うすい浩一(新)中山信行(現)足立区 
3列目左から 古城まさお(新)新宿区 谷村たかひこ(現)北多摩1区 
伊藤こういち(現)品川区 こいそ善彦(現)町田市 藤井一(現)大田区 
遠藤守(現)大田区 加藤まさゆき(現)墨田区
細田いさむ(新)江東区
4列目左から 小林けんじ(現)練馬区 のがみ純子(現)葛飾区 
栗林のり子(現)世田谷区 まつば多美子(現)杉並区 上野和彦(現)江戸川区 
たちばな正剛(現)板橋区 東村くにひろ(現)八王子市

 小池都知事
「都政の頭脳として公明党に期待」

  応援メッセージ

 公明党が議会改革の先頭に立ち、都民の視点で議員報酬削減などの
「身を切る改革」を実現したことは、都議会史に残る大きな業績です。
公明党には、現場第一の「抜群の行動力」と「生活者目線の政策を
立案し、実現する力」があります。

だから、私は公明党に「都政の頭脳」として活躍していただくことを
期待しています。
「都民ファースト」の私たちと「生活者ファースト」の公明党が
”車の両輪”となって力を合わせ、血の通った新しい都政を都民と
一緒につくっていきましょう!


 都議会公明党と「都民ファーストの会」の政策合意

 都議会公明党と「都民ファーストの会」は、共通する政策目標である
「新しい東京」の構築に向けて、協力して政策実現に取り組むことを
確認し、10分野35項目について合意した。(以下、抜粋・要約)


 東京改革
・都民優先の政策を都政の基本に据える
・情報公開を今後も徹底して進める
・都民目線に照らして不自然、不合理、不経済な
 行政慣行を見直す

 東京オリンピック・パラリンピック
・経費節減に不断の努力を行う
・被災地の復興と共にある大会であることを名実ともに
標榜する
 防災・減災対策
・大地震と大水害の双方に備える施策や電線類の地中化を推進
安全・安心のまちづくり
・都市インフラの計画的な設備更新と長寿化を推進する
少子社会対策・子育て支援
・安心して生み、育てられる東京をめざした施策を推進
高齢社会対策
・医療と介護の連携強化や、高齢者の社会参加の促進、
認知症の予防策強化など
福祉先進都市
・障害の特性に応じた合理的な配慮の充実、貧困の連鎖を
断ち切る施策の充実を図る
 環境・エネルギー先進都市
・世界をリードするスマートエネルギー都市の実現をめざす
 人づくりの教育
・経済力の差を補完する政策を展開し、教育を受ける権利、
教育を選ぶ自由を具体的に保障する

  (Tokyo komei 2017 春 号外)

  まとめ
 都政 改革の先頭走る都議会公明党
 2  教育負担の軽減  私立高校授業料を実質無償化
 3、  人にやさしい街づくり 2020年東京五輪へ環境を整備
 都民とともに「東京改革」公明党

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posted by mity504 at 17:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 公明党

3、 人にやさしい街づくり 2020年東京五輪へ環境を整備

公明号外 3.PNG

3、 人にやさしい街づくり 2020年東京五輪へ環境を整備

    実現しました


公明号外 2.PNG

 バイアフリー化を加速


東京五輪・パラリンピックへ向け都営新宿線の21駅、東京メトロ銀座線
・千代田線の各駅のホームドアの設置を推進。
17年度にはホームドアとエレベーターを新設する駅の数が前年度比で
倍増します。

 また、高齢者や障がい者らが安全に生活できるよう歩道の段差などの
解消や、展示ブロックも整備。
外国人旅行者らが利用しやすいWI-FI(ワイファイ)の整備も充実させる
など、世界に誇れる”おもてなし都市”をめざします。

公明号外 5.PNG
学校などのトイレ洋式化の予算額38億円
(前年度比で約5倍)


 学校トイレの80%洋式化

 公立小中学校や都立高校などのトイレの洋式化を進めるため、都は17年度
予算案で前年度比で約5倍の約38億円を計上しました。
現在、公立小中学校が55%、都立高校なども53%にとどまっている
洋式化率を20年度までに80%へ高めます。


「無電柱化」で災害に強い街に


 都内には約75万本の電柱が立っています。地震で倒壊した電柱が、人命
救助や消防活動を妨げる恐れがあります。都は17年度から都道での電柱の
新設を禁止し、電線を地中に埋める「無電柱化」を推進します。
区市町村への無電柱化の補助も拡充します。


公明号外 4.PNG


 「女性視点の防災ブック」を作成へ

 公明党は首都直下地震の対策に一貫して取り組んできました。17年度には
都議会公明党の提案に小池知事が賛同し、「女性視点の防災ブック」が
新しく作成されることになりました。

 女性が着替えや授乳をしづらい避難所の運営改善や、液体ミルクの普及・
活用などが盛り込まれる予定です。
女性の防災リーダーの育成も推進します。


 待機児童の解消めざし 保育士の待遇を改善

 待機児童の解消めざし、保育人材の確保策として、これまで一人当たり
月額2万3000円相当だった賃金補助に、17年度からさらに2万1000円を
上乗せします。

 国の賃金補助と合わせると都内で働く保育士の平均給与は月額約32万円
にアップします。


 都議会公明党の闘い 識者はこう見る

公明号外 6.PNG


 小池知事と二人三脚で都政改革進める存在として期待


  政治心理学が専門の
 川上和久 国際医療福祉大教授


 東京都は13兆円もの予算を扱う日本最大の自治体です。都政の改革と
言っても、政策提案から予算の獲得まで、きちんと実績を積んだ政党が
政策について、フォローし、チェックしないと前には進みません。

 そういう意味において、小池知事と公明党が二人三脚で「東京大改革」
を具体的政策で実現してほしと思います。


公明号外 7.PNG


 都民の期待に応えた画期的な出来事
 
 地方行政・議会に詳しい
 河村和徳 東北大准教授


 これまで全国で4つの府県議会しか行っていなかった政務活動費の
ネット公開など「身を切る改革」を都議会公明党がこれほどの
短期間で主導し、実現させたことは画期的なことです。

 これは、都知事や都議会が特権階級ではなく庶民に近い存在に変わっ
てほしいという都民の期待に応えたもので、高く評価できます。

  (Tokyo komei 2017 春 号外)

    まとめ
 都政 改革の先頭走る都議会公明党
 2  教育負担の軽減  私立高校授業料を実質無償化
 3、  人にやさしい街づくり 2020年東京五輪へ環境を整備
 都民 とともに「東京改革」公明党

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2 教育負担の軽減  私立高校授業料を実質無償化

高校 無償化 1.PNG


 2 教育負担の軽減  私立高校授業料を実質無償化
年収760万円未満の世帯対象

  実現しました


 2017年度の東京都予算の「目玉」政策は、都議会公明党が単独で提案し
実現した私立高校授業料の実質無償化です。年収約760万円未満の世帯で
、都内に住む私立高校生の3割に当たる約5万1000人が対象となります。

 都の発表では、4月に全ての生徒・保護者へリーフレットが配布され、
6月末から申請受付、12月に支給となる予定です。

高校無償化 3.PNG
都の私立高校向け特別奨学金の拡充


 全国一重い教育負担に配慮

 都内の私立高校に通う生徒の割合は全国最多の約56%にも上り、授業
料は平均年44万2000円(16年度)です。都の調査によれば、都の全世帯の
消費支出のうち「教育」への支出は全国平均の1.7倍にもなります。

 特に、国も就学支援金で実質無償化されている公立高校に比べ、私立
高校の授業料は格段に重くなっています。

高校無償化 2.PNG
小池知事に「教育負担の軽減」をはじめとする
政策提言を行う都議会公明党(2016年12月6日)
左端の女性が小池知事です


 小池知事との直接交渉実る

 教育負担の公私間格差を是正するため、公明党は私立高校に通う生徒の
いる世帯に対する都独自の特別奨学金(返済不要)を増額するよう提言。
小池知事に直接、要望し、粘り強く協議を重ねた結果、知事から「わかり
ました。これでいきましょう」と予算に盛り込むことが決定。
 
 ついに無償化への道を切り開くことができました。今後は通信制高校へ
の適用や、私立高校生の家庭の5割を占める年収約910万円未満の世帯へ
の拡充をめざします。

 入学貸付も25万円に引き上げ。

 別に提案していた入学支度金貸付(無利子)の拡充も20万円から25万円
に引き上げられたことで、だれもが学べる環境づくりが一段と進みました。


高校無償化 4.PNG
公明要望で「私立高無償」●朝日新聞1月26日付


共産党横取り.PNG


 「実績横取り」もくろむ共産党

 私立高校授業料の無償化を巡って、新聞各社は「知事は『公明党と
話が整った。一致できてよかった』と強調した」(日経1月17日付)、
「実質無償化に踏み切ったのは、公明党が同事業の実施を強く要望した
ため」(読売1月26日付)などと伝えています。

 ところが日本共産党は、臆面もなく機関紙「赤旗」などで、あたかも
共産党の実績であるかのように「横取り」し、ビラや街頭で宣伝を繰り返
しています。

 朝日新聞が大きな見出しで「公明要望で『私立高無償』」(1月26日付)
と報じているように、何をどう取り繕うとも事実をねじ曲げることは
できません。


高校無償化 5.PNG

「教育を受ける権利」を保障

 柴田悠 京都大准教授(社会保障論)

 高校は実質的に義務教育になっているのが現状。一方で、都立高校には
3人に1人が合格できない。となると、生活が苦しい家庭の子どもたちに
とっては、授業料の高い私立高校に行かざるを得ない。

 そこを無償化するということは彼らの実質的な義務教育を受ける権利を
保障するという点非常に重要だと思う。

高校無償化 7.PNG

 改革の旗を掲げ闘う公明党こ都政の要

 
森田実 政治評論家

 1963年当時、「伏魔殿」と言われた都政の闇を公明党の都議会議員が
次々と正していきました。今も都議会公明党はその精神を受け継ぎ、
改革の旗を掲げ続けています。

 いつも庶民の側に立って闘う、ウソや誤魔化しのない真面目な人たち
です。新しい東京をつくっていく都政の要は公明党以外にないと
断言します。

 (Tokyo komei 2017 号外)

  まとめ
都政改革の先頭走る都議会公明党
2 教育負担の軽減  私立高校授業料を実質無償化
3、  人にやさしい街づくり 2020年東京五輪へ環境を整備
 都民 とともに「東京改革」公明党

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都政改革の先頭走る都議会公明党

東京公明 1 .PNG

東京公明 2.PNG
▲都議会公明党が主導して「身を切る改革」を具体化する
条例が可決、成立した都議会本会議(2月22日)


 都政改革の先頭走る都議会公明党

1、身を切る改革 2、教育負担の軽減 
3、人にやさしい街づくり 

 「つの挑戦」が実現

 
 都議会公明党は昨年11月、都民の信頼回復と都政改革をめざし
「身を切る改革」「教育負担の軽減」「人にやさしい街づくり」の
3つの挑戦を掲げましたが、2月からはじまった都議会定例会で
すべて実現の運びとなりました。 


 1 身を切る改革 実現しました

 都議会史上初
 議員報酬を20%削減  年間4億4000万円を都民に還元
 政務活動費を減額、ネット公開 不正防止へ、全国トップクラスの
                情報公開

 費用弁償・議員特権(肖像画、記念品などの表彰)を全廃
 都民目線で議員改革

 公明党の”覚悟”が都議会動かす


 公明党が他党に先駆けて提唱した「身を切る改革」を具体化する条例が
都議会定例会初日の2月22日、全会一致で可決、成立しました。
条例の柱は、@議員報酬の20%削減(4月から実施する緊急性を優先して
1年間の特例に。引き続き恒久処置をめざします)

 A政務活動費を議員一人当たり月額50万円(10万円減額)とし、収支
報告書や領収書などの写しをインターネット上で全面公開。
 B本会議や委員会に出席するたびに定額支給されていた「費用弁償」を
廃止(島部在住議員を除く)の3つ。

 また、在職期間の長い都議に対する記念品の授与や肖像画の作成・掲示
といった”議員特権”も廃止されました。「都政改革は議会改革から」
「まず隗(かい)より始めよ」と訴えた都議会公明党の”覚悟”が都議会
全体を動かし、実を結びました。

東京公明 3.PNG
「身を切る改革」の条例案を発表する都議会公明党の
都政改革推進プロジェクトチームメンバー(2月14日)


 相次いだ知事の「政治とカネ」を巡る問題、豊洲問題では多額の追加的
な支出を余儀なくされる事態に対し、公明党は真っ先に「身を切る改革」
の断行を表明。

 ところが、他会派からの猛反発に遭い、超党派で作る「都議会のあり方
検討会」に改革案を提案すらできない状況になったのです。

「都議が自ら襟を正して都政改革に取り組む姿勢を示すべし」と、公明党
は他会派に先駆けて単独で条例案を提案。定例会が近づいた今年2月、
共産党が唐突に公明案とほぼ同じ内容で、議員報酬の削減割合を5%だけ
上乗せした25%削減案を発表。

 さらに民進党系の会派は30%削減案を提案するなど、他会派はパフォー
マンスに走りました。こうした状況においても公明党はブレることなく、
「議員の覚悟を示すには、あらゆる審議に先立ち、定例会冒頭で採決すべ
き」と他会派に呼びかけたところ、小池知事を支える都民ファーストの会
が真っ先に公明案に同意。

 すると自民党が「共同提案を」と賛意を示し、共産党も「私たちの案に
こだわりはない」と態度が急変。民進党会派も自案を取り下げ賛同したこ
とから急転直下、全会一致で公明党案を一字一句変えないままの「身を切る
改革」関連条例が可決、成立したのです。

 (Tokyo komei 2017 号外)

  まとめ
都政改革の先頭走る都議会公明党
2 教育負担の軽減  私立高校授業料を実質無償化
3、  人にやさしい街づくり 2020年東京五輪へ環境を整備
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